第26回 教育格差の拡大にどう対処すべきか―「第3回子育て生活基本調査〜小学生・中学生の保護者を対象に〜」から
Benesse教育研究開発センター 木村治生 (2008/6/18更新)
今回のリポートは、「家庭における教育の格差」をテーマにする。前回(第25回)のリポートでもデータを紹介したが、およそ10年の間に、保護者の教育不安が高まっている。子どもの教育に対する考えも、生活面よりは学習面に注意が向き、成績や学力向上を意識する保護者が増えた。さらに、学校外の教育に積極的に投資する保護者も多くなり、教育費の平均額も上昇している。しかし、すべての保護者がそのように変わったかというと、そういうわけではない。では、どのような人が、子どもの教育(とくに学習面での働きかけ)に熱心になったのだろうか。また、格差の是正にはどのような視点が有効なのだろうか。今回は、これらの点について検討していきたい。用いるデータは、Benesse教育研究開発センターが実施している「第3回子育て生活基本調査報告書」である。
教育には、家庭の格差を縮小・平等化する機能と、拡大・再生産する機能の両方がある。
近代の公教育制度が成立して以来、学校は貧しさから抜け出すためのルートの一つであった。その意味では、もともとある格差を縮小する機能をもっている。『坂の上の雲』(司馬遼太郎)に出てくる秋山好古、真之の兄弟のように、出自は恵まれなくても、刻苦勉励し学歴を得て、社会的によい地位を獲得するケースはたくさんあった。今だって、立身出世のために子どもに教育を受けさせたいと思う親はいるに違いない。
しかし逆に、教育は、現在ある家庭の格差を拡大させたり、再生産するルートとして用いられたりすることもある。一般に、学歴が高い保護者や収入が多い保護者ほど、子どもの教育には熱心であり、積極的に子どもにかかわったり、習い事をさせたりする。結果として、そのような家庭の子どもほど、高い学歴を獲得し、高収入を得られる職業に就く確率が高くなる。こうした格差の拡大・再生産の機能が強くなると、階層の低い家庭では上昇志向がもてなくなって、社会として停滞するといわれる。
それでは、実際に教育における格差は拡大しているのだろうか。
最初に、教育に関する意識についてのデータをみてみよう。図1は、子どもに対して「できるだけいい大学には入れるように、成績を上げてほしい」と思うかどうかをたずねた結果である。「図1−(1)生活のゆとり別」は家庭に経済的なゆとりがあるかどうか、「図1−(2)母親の学歴別」は回答者である母親自身が大学や短大を卒業しているかどうかで分け、それぞれが経年でどう変化したかを示している。
(1)のデータからは、経済的なゆとりの状況にかかわらず、9年間で「成績を上げてほしい」という思いが強まっていることがわかる。学力低下に対する不安の高まりもあって、全体に子どもの学力を気にする保護者が増えた。しかし、その伸びは「ゆとりあり」の保護者のほうが大きい。1998年から2007年にかけての伸びを比べると、小学生の保護者では、「ゆとりあり」が7.4ポイント増加したのに対して、「ゆとりなし」は4.3ポイントの増加にとどまる。中学生の保護者では、「ゆとりあり」は11.8ポイント増なのに対して、「ゆとりなし」では5.4ポイント増だ。
一方、(2)のデータからは、学歴が高い保護者ほど、5年間で「成績を上げてほしい」という意識を高めていることがわかる。小学生の保護者では、「大卒・短大卒」が7.9ポイント増加しているのに対して、「非大卒・非短大卒」では1.7ポイントの伸びにとどまる。中学校の保護者では、「大卒・短大卒」は11.4ポイント増、「非大卒・非短大卒」は2.0ポイント増である。
経済的なゆとりでみても、母親の学歴でみても、条件が恵まれた家庭とそうでない家庭の意識差は拡大している。紙幅の都合もあり詳述できないが、学習に関する意識のデータは、紹介した以外にも同様の傾向を示すものが多い。より恵まれていない家庭での上昇志向が落ちていないのは救いだが、恵まれた家庭の教育熱が高まった結果として格差が開いているのが、近年の状況だ。こうした意識の変化は、行動面にも表れている。
図1:学力観の変化(経年比較、学校段階別)
(1)生活のゆとり別
「できるだけいい大学には入れるように、成績を上げてほしい」 (%)
(2)母親の学歴別
「できるだけいい大学には入れるように、成績を上げてほしい」 (%)
注1:数値は、あてはまる項目を選択してもらう形式(複数回答)で、この項目が選択された比率を示す。
注2:生活のゆとりについて、「ゆとりがある」「多少はゆとりがある」と回答した者を「ゆとりあり」、「ゆとりがない」「あまりゆとりがない」と回答した者を「ゆとりなし」とした。生活のゆとりについては2002年調査ではたずねていないため、1998年と2007年の比較である。小学生の保護者は小3〜小6、中学生の保護者は中1〜中3のデータ。
注3:母親の学歴について、「大学・短期大学を卒業している」を選択した者を「大卒・短大卒」、選択しなかった者を「非大卒・非短大卒」とした。母親の学歴については1998年調査ではたずねていないため、2002年と2007年の比較である。小学生保護者は小1〜小6、中学生の保護者は中1〜中3のデータ。
行動面の格差でもっとも顕著なのは、学校外の習い事や塾に関するデータだ。実際にそれらに通わせるかどうかということにも差はあるが、ここでは教育費に着目しよう。図2は、(1)生活のゆとり別にみた教育費の推移、(2)母親の学歴別にみた教育費の推移である(いずれも小学生の保護者の結果)。
(1)からは、1998年の段階でも家庭の経済状況によって教育費に差があることがみてとれるが、2007年にはその差が拡大していることがわかる。「ゆとりがある」と回答した保護者は7,000円あまり教育費を増やしているが、「ゆとりがない」と回答した保護者は500円程度しか増やしていない。また、(2)は5年間の変化であるが、「大卒・短大卒」は1,900円程度増やしているのに対して、「非大卒・非短大卒」はほとんど横ばいだ。いずれも、条件が恵まれた家庭のほうが、多額の教育費をかけるようになっている。
ただし、面白いことに、中学生の保護者にはこうした結果はほとんど表れなかった。中学生の保護者は、経済的なゆとりや母親の学歴による教育費の格差がもともと小さく、経年での伸びにも大きな差がない。これは、調査対象を公立中学校に通わせている保護者に限定したため、高校受験が必須なケースが多く、家庭の状況にかかわらず受験の準備をしなければならないためだと考えられる。
しかし、中学生の家庭では格差縮小に働いている受験が、小学生の家庭では格差拡大に寄与している。小学生の保護者にのみ教育費の格差が表れている背景には、中学受験がある。図3は、小5〜小6生の保護者に限定して、中学受験をする予定かどうかで教育費がどのように推移しているかを示したものである。ここからは、中学受験を「させる」家庭で高額な教育費をさらに増加させているのに対して、「させない」家庭では11,000円台で変化していないことがわかる。
図2 教育費の変化(経年比較、小学生保護者)
(1)生活のゆとり別 (円)
(2)母親の学歴別 (円)
注1:数値は、1か月にかかる子ども1人あたり平均金額を、属性ごとに示している。算出方法は、「5,000円未満」を2,500円、「5,000〜10,000円」を7,500円、「60,000円以上」を65,000円のように置き換え、無答不明を除いて算出した。
注2:生活のゆとりについては、それぞれの回答ごとに平均金額を示した。母親の学歴については、図1と同様。
図3 教育費の変化(経年比較、中学受験希望別) (円)
注1:数値は、小5〜小6の保護者のもの。算出方法などは、図2と同様。
注2:中学受験については、「お子様を中学受験させますか」の質問に、「させる」「させない」「まだ決めていない」を回答してもらった。
2000年前後に起きた学力低下に対する懸念や、その後の学習指導要領の改訂(完全学校週5日制や教科の学習内容の削減など)は、保護者の教育に対する不安感を高めたと考えられる。しかし、そうした教育の状況に敏感に反応した保護者と、そうでない保護者がいたことは否めない。とくに子どもが小学生の場合、経済的にゆとりがあり、学歴の高い保護者は、中学受験を志向し、多額の教育費を支出する傾向が強まっている。より多く負担できる家庭でのみ、学校外の教育費の支出が増えているということである。
このような状況を改善するために、公立学校が果たす役割は大きい。冒頭にも述べたように、教育には格差を縮小し、平等化する機能がある。財政難であることは百も承知だが、すべての子どもが通える公立学校の充実が、格差の是正には欠かせない。
保護者や子どもにとっては、「賢い選択」が求められる。日本の教育は、制度上は選択の機会が多く、後のリカバリーも十分に可能である。必要以上にお金をかけなくても、その都度、子どもにあったよりよい選択することはできるはずだ。不利益を被らずに適切な判断をするためにも、子どもの状況を理解し、教育に関する情報を収集しておくことが重要な時代になっているといえる。
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