BERD 2007 No.11
【特集】
インタビュー
profile
相川 充
東京学芸大学大学院連合学校教育学研究科教授
あいかわ あつし

東京学芸大学大学院連合学校教育学研究科教授。
広島大学大学院博士課程修了(心理学)。
宮崎大学助教授、東京学芸大学心理学科助教授を経て現職。
著書に『人づきあいの技術〜社会的スキルの心理学〜』(サイエンス社)、『実践! ソーシャルスキル教育:小学校編』(共著、図書文化社)などがある。
Refarences
●『人づきあいの技術〜社会的スキルの心理学〜』相川充著/サイエンス社/2000年
●『ソーシャルスキル教育で子どもが変わる:小学校〜楽しく身につく学級生活の基礎・基本〜』小林正幸・相川充編著/図書文化社/1999年
●『実践! ソーシャルスキル教育:中学校編』相川充・佐藤正二編著/図書文化社/2006年
●『実践! ソーシャルスキル教育:小学校編』佐藤正二・相川充編著/図書文化社/2005年
BERD
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ソーシャルスキル教育が目指すこと
──コミュニケーション不全への処方せんとして──
相川 充[東京学芸大学大学院連合学校教育学研究科教授]

相川 充
   近年、人間関係に悩む子どもが増えてきている。
 他者とコミュニケーションをうまく取れない子どもたちに学校は何ができるのか。
 学校現場では今、人づきあいの具体的な技術を教えるソーシャルスキル教育が広まりつつある。
 ソーシャルスキル教育を学校に導入した1人、相川充先生に、その授業方法、効果、今後の課題についてうかがった。
ソーシャルスキルに欠ける子どもが増えているのはなぜか
図表[1]子どもにとっての代表的な社会的スキル ずいぶん前から学校現場でいじめや不登校といった問題が深刻化しています。私は非行少年を対象とする訓練を手始めに、ソーシャルスキル・トレーニング(以下、SST)に取り組み始めたのですが、「社会的な対人関係スキル」という観点からこうした問題を解決する糸口が見つかるかも知れない、と考えていました。SSTとは、対人関係を円滑に運ぶための知識とそれに裏打ちされた具体的な技術やコツを身に付けるためのトレーニングです。現場の先生に話を聞くと、確かに友達のつくり方が分からないのではないかと思われる子どもが増えているとか、いいたいことをいえないようなひどく引っ込み思案のタイプと、逆に攻撃的・暴力的な言動が目立つタイプの両極端の子どもが増えているということでした。SSTでは、図表1のような各種のソーシャルスキルに着目し、「仲間への入り方」「上手な断り方」といったスキルを、ロールプレイなどの手法を用いて修得させていきます。
 東京のある小学校の校長先生が理解を示され、SSTを試験的に導入して、その結果を基にマニュアルを作成しました。すると、それを参考に多くの先生方がSSTを試してくれました。その後、全国各地の教育委員会からも導入の依頼があり、さいたま市では教育特区の取り組みとして取り上げられています。次第に学校現場でソーシャルスキル教育が広まりつつある様子を見ると、ニーズは大きいようです。
 友達をつくれないとか、極端な引っ込み思案、または攻撃的になるといったソーシャルスキルに問題がある子どもが増えているのはなぜでしょうか。SSTの理論的背景である認知行動療法的な立場では、無意識の力動や過去に遡っての原因追究を重視しません。それよりも、目の前の子どもが抱えた問題行動の解決を優先します。しかし、原因を聞かれることが多いので、私なりに推測できることを挙げてみます。
 第1 に家族と家庭の在り方が変化したこと。これを最初に挙げるのは、ソーシャルスキルは親のしつけと密接に関わるからです。例えば子どもが隣家の人にお菓子を貰ったとします。その子どもが黙っていれば親は「ありがとうっていいなさい」としつける。これは「他人に感謝の意を示す」というソーシャルスキルの基本中の基本です。子どもがいわなければ親は叱るし、きちんといえれば褒めるから、それを手掛かりにして子どもは次の機会にも「ありがとう」といおうという気持ちになる。また、もし「ありがとう」の声が小さければ、親は「もっと大きな声でいいなさい」と、細かいレベルで指示を出すでしょう。こうした親のしつけこそ、見方を変えればSSTに他なりません。ところが今は核家族化や両親の共働きなどによって、一家団欒の時間が少なく、親が子どもに細かく指示してソーシャルスキルを獲得させるチャンスが減ってきました。
 第2 の原因は放課後の遊び方の変化です。家の中で遊ぶのか、外でなのか、遊び相手はどんな年齢層か、体を使うか使わないか。この三つの要素で遊びを分けたとしましょう。私は昭和30年生まれですが、子どものころは妹の手を引いて近所の異年齢の子どもたちの遊びの輪に入りました。しかも外で体を使って遊びました。今は正反対です。家の中で体を使わず、同年齢の子どもとしか遊ばない。かつては異年齢の子ども同士の遊びの中で自然にソーシャルスキルを身に付けていたはずなのに、そのチャンスも減ったわけです。
 第3 に地域社会の教育力が落ちたこと。かつてはこれに期待できる部分が大きかった。ところが今は下手によその子どもを叱ったりすると、親から白い目で見られます。社会全体が大きく変化して、若い世代ほど個人主義的な傾向が強くなり、自分さえよければよい、わが子さえよければよい、という発想になって周囲のことを考えなくなっている。
 第4に、高度情報化社会になって生身の対人関係の体験が希薄になってきたこと。知識だけは増えますが、目の前の人間と徹底して議論し、場合によってはけんかしながら仲よくなるといった経験を得にくくなっています。子どもの道徳心が衰えたとか恥の感覚が鈍化したとよくいわれますが、社会全体でも従来の規範の枠組みが崩れ出しています。ソーシャルスキルとは、一定の社会的・文化的規範の枠組みの中での振る舞い方です。だから、あるソーシャルスキルが日本ではOKだがアメリカではNG、またはその逆も当然あり得ます。個人主義的な価値観の浸透や対人関係の希薄化によって、社会の枠組みを形づくる規範そのものが崩れ出すと、ソーシャルスキルのレベルが落ちてくるのは当然の成り行きでしょう。
 こうしてみると、子どもたちにとって、家庭内でも友達同士でも社会全体でも、コミュニケーションの必要性が減っていることが問題です。兄弟姉妹が少なく、異年齢の友達との接触もあまりなく、コミュニケーションの機会そのものが少なければ、ソーシャルスキルに欠ける子どもが増えるのも必然です。
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