BERD 2007 No.11
【連載】
若手研究者
現地調査レポート
第6回:イギリス
イギリス
profile
舘林保江
監査法人トーマツ大阪事務所 パブリックセクターシニアスタッフ
たてばやし やすえ

中央大学卒業。
イギリスのサリー大学ローハンプトン校教育経営で修士号を取得。
中央大学大学院教育学専攻後期博士課程満期退学。
2007年8月より現職。
比較教育や学校の組織文化、リーダーシップを研究。
BERD
   PAGE 1/6 次ページ

イギリスの初等学校における社会的スキルの涵養と校内指導
──多民族国家におけるPSHEの実践例から──
舘林保江[監査法人トーマツ大阪事務所 パブリックセクターシニアスタッフ]

舘林保江
   多文化・多民族国家イギリスの初等学校では、子どもたちは異なる文化的背景や価値観を持つ。子どもたちの社会的スキルの涵養のために、どのような指導体制の下、どのような授業が行われているのか。そこに見える課題や対応について、現場の姿が伝わるレポートをする。
調査概要
はじめに
 イギリス*1の初等学校には、PSHE(Personal, Social and Health Education:人格的社会的健康教育)と呼ばれる、社会的スキルの涵養を担う授業がある。PSHEの目的は、子どもたちが、1)自信や責任感を持つことができるようになること、2)自分の才能を最大限に生かす選択ができるようになること、3)能動的市民として積極的な役割を担うための準備をすること、4)健康で安全な生活様式を身に付けること、5)良好な人間関係を構築すること、6)人々の間における違いを尊重することができるようになること、である。
 本レポートでは、このPSHEの授業を中心とし、イギリスの初等学校の日々の教育活動が見えるような報告をしたい。
 まず、PSHEの導入の背景やそのカリキュラム内容を確認してから、具体的な授業風景を報告する。一つは子どもたちの感情面の成長を促す「心配事への対応」。もう一つは2000年9月よりPSHEと連携して行われている市民性教育から、「権利と責任」についての授業を報告する。そして、授業以外での取り組みとして、情緒的な課題を抱える子どもたちへの少人数指導、模範的行動を奨励するための褒賞制度、そして、肯定的な態度を涵養するための学校の生活環境への工夫を報告する。
 なお、ここで取り上げるPSHEの二つの授業風景は、07年3月に2週間訪英した際の調査からの報告である。その他のデータは03年2月から07年5月までの間で、7期間にわたる合計24週間のフィールドワークからのものである。
PSHEの目的と導入の背景
 PSHEで意図されていることは「子どもたちが大人になり、コミュニティや社会へ貢献する際に、肯定的な決断ができるように、そして一人の個人としても社会的にも成長するために必要な知識、スキル、理解を身に付けること」である*2。PSHEが1980年代に導入された背景には、イギリスの学校の伝統と70年代以降の社会構造の変化に伴う学校への期待感や機能の変化がある。
 イギリスの学校では、伝統的に宗教教育が子どもたちの価値観や人格形成に貢献してきた。そして、教師には教科の学習だけではなく子どもたちの精神面の成長発展と福祉に人間的関わりを持つことが重視されていた。しかし、70年代以降の社会構造や宗教観の変化により、これまでの宗教教育とは違う教科によって、子どもたちの人格形成や社会的スキルの涵養を担うことが求められるようになってきた。また、家族形態の多様化も進行し、同時に地域における教育力も低下していた。さらに、若者の高い失業率なども大きな社会問題となっていた。
  PSHEの導入の背景は、このようなさまざまな社会的課題を解決するために、本来は家庭や地域で担うべきしつけや基本的生活習慣の習得などを、学校の役割に期待するようになったことである。また、成人になるための助けや健康教育、そして職業観の形成が求められるようになったことも、導入に拍車をかけた。
  • *1 本原稿ではイングランドのことをイギリスと呼ぶ。
  • *2 Qualifications and Curriculum Authority公式サイトの以下を参照。 http://www.qca.org.uk/qca_7316.aspx
   PAGE 1/6 次ページ
研究者(BERD)TOPに戻る 2007年度バックナンバーへ戻る