
| |
|
「学習意欲」の捉え方をめぐる国際比較
──今後必要とされる「社会的公正」の観点──
恒吉僚子[東京大学大学院教育学研究科教授]

学習意欲を失ってしまっている子どもは、日本にも諸外国にも存在する。
しかし同じ「学習に意欲を失っている子ども」を前にしたときに、意欲をなくしている原因についての捉え方が、日本とアメリカでは対照的だという。
教育の比較社会学が専門で、アメリカの教育事情に詳しい恒吉僚子先生に、日米の比較を軸に、日本の意欲の捉え方の特殊性と今後、子どもたちの学習意欲において、持つべき視点や施策の方向性についてうかがった。
しかし同じ「学習に意欲を失っている子ども」を前にしたときに、意欲をなくしている原因についての捉え方が、日本とアメリカでは対照的だという。
教育の比較社会学が専門で、アメリカの教育事情に詳しい恒吉僚子先生に、日米の比較を軸に、日本の意欲の捉え方の特殊性と今後、子どもたちの学習意欲において、持つべき視点や施策の方向性についてうかがった。
「個人の意欲」の問題として論じる日本「社会的公正」の問題として論じるアメリカ
近年、日本の学校現場では、子どもたちの学習意欲の低下が大きな課題となっています。意欲低下の実態について、さまざまな論者が現状の分析と手立ての提案を行っています。
この、現在日本で行われている子どもたちの学習意欲低下をめぐる議論は、実は欧米諸国とは異なる特徴的な「論の立て方」だといえます。もちろん欧米諸国にも、学力不振者や、学習に積極的に向かおうとしない子どもたちは存在しており、アメリカなどでも社会問題となっています。
けれども日本と他の先進国、とりわけアメリカとでは、同じ「学習に向かおうとしない子ども」の問題を前にしたときに、問いの立て方が対照的であるといえます。日本では「個人の意欲」の問題として論じられ、アメリカでは「社会的公正」の問題として論じられる傾向があります。
アメリカでは学力不振者の問題が、子どもの「個人の意欲」だけの問題として論じられることはあまりありません。社会階層や人種、家庭の経済力や文化資本などの違いによって、子どもが育つ環境はそれぞれ異なります。教育に対する価値観や、与えられる情報の質や量、教育機会等にも、当然階層差が生じます。そのため学習に向かおうとしない子どもの存在については、そうした「階層格差」の反映であるとする捉え方が主流です。
一方日本の場合は、成績の芳しくない子どもがいたときに、その原因を個人の心の持ちようや家庭環境に帰結しがちです。子どもが勉強しないのは、子どもの性格や家庭の個人的な理由に原因があるとされがちなのです。
この、現在日本で行われている子どもたちの学習意欲低下をめぐる議論は、実は欧米諸国とは異なる特徴的な「論の立て方」だといえます。もちろん欧米諸国にも、学力不振者や、学習に積極的に向かおうとしない子どもたちは存在しており、アメリカなどでも社会問題となっています。
けれども日本と他の先進国、とりわけアメリカとでは、同じ「学習に向かおうとしない子ども」の問題を前にしたときに、問いの立て方が対照的であるといえます。日本では「個人の意欲」の問題として論じられ、アメリカでは「社会的公正」の問題として論じられる傾向があります。
アメリカでは学力不振者の問題が、子どもの「個人の意欲」だけの問題として論じられることはあまりありません。社会階層や人種、家庭の経済力や文化資本などの違いによって、子どもが育つ環境はそれぞれ異なります。教育に対する価値観や、与えられる情報の質や量、教育機会等にも、当然階層差が生じます。そのため学習に向かおうとしない子どもの存在については、そうした「階層格差」の反映であるとする捉え方が主流です。
一方日本の場合は、成績の芳しくない子どもがいたときに、その原因を個人の心の持ちようや家庭環境に帰結しがちです。子どもが勉強しないのは、子どもの性格や家庭の個人的な理由に原因があるとされがちなのです。
アメリカでは、学校の教室が社会の階層格差の縮図になっている
アメリカが、子どもの学習意欲を「社会的公正」の問題と結びつけて考えるのは、階層格差を原因とした学力格差が、目に見えるかたちで教室の中に歴然と表れているからです。
例えば一つの学年を能力別クラスに分けると、上位と中位のクラスは、白人やアジア系の子どもによって構成されることが多くなりがちです。一方、下位クラスは黒人の子どもやヒスパニック系の子どもの割合が目立つようになります。学校の教室を通して、社会の階層格差の縮図が見えるのです。
黒人の子どもたちが下位層に固定されがちな原因としては、教師の期待が低くなることで学習内容が簡単になる、生活指導が必要な子どもが多くなり上位クラスに比べて学習環境が劣るなど、これまでもさまざまな要因が指摘されてきました。また、彼らが置かれてきた状況の厳しさからくる価値観にその原因を求める研究もあります。
つまり、中産階級の白人の子どもは、「社会で成功するためには、高い教育を受けることが大事だ」という価値観が、当たり前のように浸透しやすい環境にいます。しかし黒人の子どもの間では、バスケットボールのスター選手は自分たちのヒーローとして存在していたとしても、勉強を土台として社会的地位を築いているロールモデルがなかなか見当たりません。学校環境も厳しく、彼らを学習に向かわせる動機づけが、白人の子どもよりは難しくなるといわれています。
また黒人の子どもたちにとって、学校で積極的に勉強することは、自分が黒人のアイデンティティを捨てて、白人化することのように感じる面もあるようです。そのため教師が求める学校的価値観に反発することをよしとする反学校的な生徒文化が、黒人の子どもの間で形成されるという研究者もいます。これらさまざまな要因により、黒人の子どもたちが学力下位層から中位層、上位層へと上昇していく契機を妨げられていると考えられます。
アメリカではまた、学校での能力別クラスが、社会の階層格差の再生産をもたらしているのではないか、という議論もなされています。よく知られているように、アメリカの研究者ローゼンタールは、ジェイコブソンと共に、1960年代に「ピグマリオン効果」の概念を発表しています。ローゼンタールたちは、あるアメリカの小学校でテストを実施しました。そしてその結果とはまったく相関のない名簿を作成。「テストの結果、この名簿に載っている子どもたちは将来成績が伸びる子どもたちであることが分かりました」と嘘の報告をして、教師に名簿を見せました。すると教師は、名簿に載った子どもたちに期待をかけるようになります。また子どもたちの方も期待をかけられていることを意識します。すると、現実に1年後には成績が向上するという現象が起きたのです。
教師は自分では自覚していなくても、先入観を持って子どもたちと接していると主張する研究の例です。また、教師は中産階級に所属していますから、自分と同じ階層の子どもには好意的な先入観を持ち、異なる階層の子どもには否定的な先入観を持ちがちです。その結果、期待された子どもの成績は上がり、期待されない子どもの成績は低迷するという現象が起きるというのです。教師の意識せざる先入観が、階層の固定化を強化している可能性が考えられるわけです。
例えば一つの学年を能力別クラスに分けると、上位と中位のクラスは、白人やアジア系の子どもによって構成されることが多くなりがちです。一方、下位クラスは黒人の子どもやヒスパニック系の子どもの割合が目立つようになります。学校の教室を通して、社会の階層格差の縮図が見えるのです。
黒人の子どもたちが下位層に固定されがちな原因としては、教師の期待が低くなることで学習内容が簡単になる、生活指導が必要な子どもが多くなり上位クラスに比べて学習環境が劣るなど、これまでもさまざまな要因が指摘されてきました。また、彼らが置かれてきた状況の厳しさからくる価値観にその原因を求める研究もあります。
つまり、中産階級の白人の子どもは、「社会で成功するためには、高い教育を受けることが大事だ」という価値観が、当たり前のように浸透しやすい環境にいます。しかし黒人の子どもの間では、バスケットボールのスター選手は自分たちのヒーローとして存在していたとしても、勉強を土台として社会的地位を築いているロールモデルがなかなか見当たりません。学校環境も厳しく、彼らを学習に向かわせる動機づけが、白人の子どもよりは難しくなるといわれています。
また黒人の子どもたちにとって、学校で積極的に勉強することは、自分が黒人のアイデンティティを捨てて、白人化することのように感じる面もあるようです。そのため教師が求める学校的価値観に反発することをよしとする反学校的な生徒文化が、黒人の子どもの間で形成されるという研究者もいます。これらさまざまな要因により、黒人の子どもたちが学力下位層から中位層、上位層へと上昇していく契機を妨げられていると考えられます。
アメリカではまた、学校での能力別クラスが、社会の階層格差の再生産をもたらしているのではないか、という議論もなされています。よく知られているように、アメリカの研究者ローゼンタールは、ジェイコブソンと共に、1960年代に「ピグマリオン効果」の概念を発表しています。ローゼンタールたちは、あるアメリカの小学校でテストを実施しました。そしてその結果とはまったく相関のない名簿を作成。「テストの結果、この名簿に載っている子どもたちは将来成績が伸びる子どもたちであることが分かりました」と嘘の報告をして、教師に名簿を見せました。すると教師は、名簿に載った子どもたちに期待をかけるようになります。また子どもたちの方も期待をかけられていることを意識します。すると、現実に1年後には成績が向上するという現象が起きたのです。
教師は自分では自覚していなくても、先入観を持って子どもたちと接していると主張する研究の例です。また、教師は中産階級に所属していますから、自分と同じ階層の子どもには好意的な先入観を持ち、異なる階層の子どもには否定的な先入観を持ちがちです。その結果、期待された子どもの成績は上がり、期待されない子どもの成績は低迷するという現象が起きるというのです。教師の意識せざる先入観が、階層の固定化を強化している可能性が考えられるわけです。
|
|||||||||
