BERD 2008 No.13
【連載】
教える「現場」
育てる「言葉」
profile
学校法人水野学園 専門学校 ヒコ・みづの  ジュエリーカレッジ


1966年創立。1979年には、日本初のジュエリーの専門学校として認可を受け、1983年に学校法人となる。1990年、現在の校名に。現在は、ジュエリーコースのほか、シューズ、ウォッチ、バッグと、それぞれに特化した四つのコースを設けている。東京校(東京都渋谷区)のほか、今年からは、ジュエリーコースのみの大阪校(大阪市西区)を開校、両校で約2,000人の生徒が学んでいる。


学校長
水野 孝彦(上写真)

みずの たかひこ
1939年生まれ。電気製品メーカーの営業マンを経て、現校の前身となる彫金アトリエをスタート。1970年代には、デザイナー・山本寛斎氏のショーのアクセサリーなどを手掛け、一躍評判に。『彫金教室』(創元社)、『ジュエリー・バイブル』(美術出版社)など、著書多数。


シューメーカーコース
アシスタントコースディレクター
佐藤 博

さとう ひろし
大学卒業後サラリーマンを経て、靴作りの世界へ飛び込むためイギリスへ留学。名門シューメーカーなどで修業し、帰国後現職。
BERD
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職人魂を持った”クリエイター”を育てる
「体で感じる」から生まれる“やる気”
学校法人水野学園 専門学校 ヒコ・みづの ジュエリーカレッジ

学校法人水野学園  専門学校ヒコ・みづのジュエリーカレッジの後に学校長水野孝彦
  宝石や靴、時計、かばんなど、職人の育成は簡単なことではないが職人が育つ場所は現代においてはさまざまである。
まったくのゼロの状態からオリジナルのカリキュラムを作りあげ、7,000人もの卒業生を送り出してきた「ヒコ・みづのジュエリーカレッジ」創立者であり現校長の水野孝彦氏に、「ものづくり」に携わる職人をどのように育てているのか話をうかがった。
教えることで最も大事なのは「やる気」にさせること
 JR渋谷駅から明治通りを通って原宿方面に歩いていくと、その1本裏に「キャットストリート」と呼ばれる細い通りがある。流行発信地・渋谷の中でも、さらに流行に敏感な店が立ち並ぶエリアに位置する「ヒコ・みづのジュエリーカレッジ」。スタイリッシュなデザインの校舎からは、カンカンカンというかなづちの音がかすかに漏れ聞こえてくる。教室を覗くと、25人の学生が、それぞれの作業台に向かって、黙々とジュエリーの作品を仕上げていた。
 「ヒコ・みづのジュエリーカレッジ」は、日本では珍しい宝石、靴、時計、かばん製作者養成の専門学校だ。学生は入学時に志望コースを選択し、卒業までの2〜3年の間、実際に自分の手でいくつもの作品を作りながら、専門的なものづくりの技術や知識を学んでいく。「うちの学校は、とにかく作らせる。手を動かすことで、ものづくりの面白さ、楽しさをまず実感してもらうことが、何よりも大切なんです」。そう語ってくれたのは、この学校の創立者であり、現校長の水野孝彦氏。入学してくる学生は65%が高卒、35%が社会人経験者。特に高卒の学生の場合、ものづくりに対して興味はあっても、漠然とした「イメージ」だけで入学してくる者も少なくない。そうした学生たちに、ものづくりの世界への扉を開くためには、何より「楽しい」と思わせることが大事なのだという。「私たちの教育の最大のポイントは、学生たちに“やる気”を起こさせること。やる気さえあれば、彼らは自然と技術を身に付けていくはずです。問題はどうやって“やる気”にさせるかということ。私は、モチベーションというのは、理屈ではなく体で感じるものだと思っています。例えば、課題を仕上げていて『あれ、気が付いたらもう日が暮れている!』などという体験。時間が過ぎるのも忘れて、作業に夢中になっていたことに気が付けば、『やっぱり自分は作ることが好きなんだな』と自覚するに違いありません。だからこそ、本校の授業は、ほとんどが実習というカリキュラムになっています」。
 「体で感じ取る」ということは、ものづくりの世界を目指す者にとっては非常に重要なポイントでもあるという。「例えば、ドアのカギがうまく開かなかったとします。普通の人は、ただガチャガチャとキーやノブを回すだけかもしれません。でも、中にはキーをもう1回ゆっくり回しながら、どこがつかえているのかを音や手応えで探り当てる人もいるかもしれません。我々が育てたいのは、そういうタイプの職人魂を持った人材。手先や、頭だけでものを作るのではなく、五感を研ぎ澄ませて、一つひとつ丁寧な作業ができる人材こそ、ものづくりの世界で一流になっていけると思うのです」。
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