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国立教員養成学部主流の時代から一般学部との並立の時代へ
──学校教員の供給構造の変化──
山崎博敏[広島大学大学院教育学研究科教授]

都市部では、団塊世代の教員の大量退職と、それに伴う大量採用によって
教員の年齢構成は大きく変わろうとしている。
新規採用教員の育成や管理職の確保に注目が集まっているが、 その背後では国立教員養成学部から一般学部へと 小学校教員の供給構造の変化が進行している。
供給構造の変化はなぜ生じ、教師の資質にどのような変化をもたらすのか。 教員需給の分析を行ってきた山崎博敏先生に寄稿していただいた。
新規採用教員の育成や管理職の確保に注目が集まっているが、 その背後では国立教員養成学部から一般学部へと 小学校教員の供給構造の変化が進行している。
供給構造の変化はなぜ生じ、教師の資質にどのような変化をもたらすのか。 教員需給の分析を行ってきた山崎博敏先生に寄稿していただいた。
キーワード=教育需給、教員養成学部、私立の課程認定大学
はじめに
21世紀に入り学校教員の大量採用時代が到来した。児童生徒数の減少が緩やかになり、1970年代に採用された教員が定年を迎え退職者が増大していることがその要因である。中でも、大都市地域の小学校教員の採用数は急激に増加してきた。しかし、大都市地域において国立教員養成学部からの教員供給は伸び悩んでいる。全国の公立小学校教員採用数で国立教員養成学部卒業者のシェアは5割を割り込み、代わって一般学部出身者の教員採用が増加している。05年度以降、新たに小学校教員養成の課程認定を受けた私立大学の数は急増し、09年度には学部から大量の卒業生が輩出するため、学校教員の供給源はますます多様化する。本稿では、21世紀初頭の学校教員養成の制度的構造の変化を分析し、国立教員養成学部と一般学部の役割について考察する。
教員採用状況の急展開
80年代半ばから00年まで約15年間、教員採用は急激な減少が続き、00年春の公立学校教員採用数(全校種総計で、教諭としての正規採用)は約1万1000人で、戦後最少であった。しかし、21世紀に入るやいなや教員採用数は急増し、04年には2万人の大台に乗り、07年春には2万4000人近くにまで増加した。
教員の大量採用は首都圏から関西圏へと広がり、全国に波及しつつあるが、ここには二つの明暗がある。一つは、学校種別の明暗である。すなわち、小学校は採用数が急増し、中学校も回復しているが、高校はまだ低迷しており、07年春の採用者数は戦後最少であった。もう一つの明暗は、大都市部と地方部の明暗である。首都圏・中京圏・近畿圏では大量採用が続いているが、地方遠隔地では採用数が減少しているところも多い。この数年、地域間の明暗は大きくなっている。
近年の教員採用において、上記の二つと並んで注目すべき現象が現れている。それは、国立教員養成学部からの教員就職者数の伸び悩みである。
図表1は、国立の48教員養成学部(教員養成課程のみ)の卒業者の教員就職状況を示している。04年3月の卒業者以降、教員就職者数(正規採用と臨時採用の合計)と教員就職率(教員採用者数/卒業者数)が停滞している。筆者は、99年3月卒業者の32%を底に、01年3月卒業者38%、02年3月卒業者45%、03年3月卒業者52%、04年3月卒業者56%と顕著に増加した国立教員養成学部の教員就職率は、さらに上昇するだろうと考えていた。ところが、05年3月卒業者の数字は、前年と同様の56%、その後も、06年3月卒業者56%、07年3月卒業者57%と推移した。国立教員養成学部の教員就職者数の伸び悩みは本物のようである。
教員の大量採用は首都圏から関西圏へと広がり、全国に波及しつつあるが、ここには二つの明暗がある。一つは、学校種別の明暗である。すなわち、小学校は採用数が急増し、中学校も回復しているが、高校はまだ低迷しており、07年春の採用者数は戦後最少であった。もう一つの明暗は、大都市部と地方部の明暗である。首都圏・中京圏・近畿圏では大量採用が続いているが、地方遠隔地では採用数が減少しているところも多い。この数年、地域間の明暗は大きくなっている。
近年の教員採用において、上記の二つと並んで注目すべき現象が現れている。それは、国立教員養成学部からの教員就職者数の伸び悩みである。
図表1は、国立の48教員養成学部(教員養成課程のみ)の卒業者の教員就職状況を示している。04年3月の卒業者以降、教員就職者数(正規採用と臨時採用の合計)と教員就職率(教員採用者数/卒業者数)が停滞している。筆者は、99年3月卒業者の32%を底に、01年3月卒業者38%、02年3月卒業者45%、03年3月卒業者52%、04年3月卒業者56%と顕著に増加した国立教員養成学部の教員就職率は、さらに上昇するだろうと考えていた。ところが、05年3月卒業者の数字は、前年と同様の56%、その後も、06年3月卒業者56%、07年3月卒業者57%と推移した。国立教員養成学部の教員就職者数の伸び悩みは本物のようである。
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なぜ、全国の教員採用者は21世紀に入り顕著に増大しているのに、国立大学の、教員養成学部卒業者の教員就職者数は増加しないのだろうか。以下では、この謎を解いてみたい。
国立大学の教員養成学部の採用数停滞の原因として、次のような四つの仮説が考えられる。
仮説1 地方の教員採用が増えておらず、国立教員養成学部の多数を占める
地方大学からの就職が伸び悩んでいる
2 大都市地域の国立教員養成学部からの大都市部への教員供給不足
3 国立教員養成系の学生の質の低下
4 非教員養成の一般大学・学部、特に私立大学の伸張
仮説1と仮説2を検証するために、地域別の学校教員採用数と国立の教員養成学部の教員就職状況を分析してみよう。
国立大学の教員養成学部の採用数停滞の原因として、次のような四つの仮説が考えられる。
仮説1 地方の教員採用が増えておらず、国立教員養成学部の多数を占める
地方大学からの就職が伸び悩んでいる
2 大都市地域の国立教員養成学部からの大都市部への教員供給不足
3 国立教員養成系の学生の質の低下
4 非教員養成の一般大学・学部、特に私立大学の伸張
仮説1と仮説2を検証するために、地域別の学校教員採用数と国立の教員養成学部の教員就職状況を分析してみよう。
図表2から、関東、中部、近畿では教員採用数は顕著に増加しているのに対して、北海道、東北、中国、四国、九州では、04年ごろから減少に転じていることが分かる。大都市圏では教員採用は急増しており、全国の教員採用数の8割近くが関東、中部、近畿の地域で占められている。それにもかかわらず、大都市地域の国立教員養成学部の教員就職者数は大して増加していない。図表3は、48の学部を関東、中部、近畿に所在する大都市地域所在学部(埼玉、千葉、東京学芸、横浜国立、愛知教育、京都教育、大阪教育、奈良教育、兵庫教育の9大学・学部)と他の地域(残りの39)に分け、教員就職数の推移を図示している。この図から、大都市大学も地方大学も、共に教員就職者数は伸びていないことが読み取れる。
教員採用数が停滞あるいは減少している地方の教員養成学部の伸び悩みは十分理解できる。しかし、教員就職者数が大幅に増加している大都市地域にある9教員養成学部の教員就職者数は、99年の約1,500人から07年の約2,000人へと、8年でわずか500人程度の増加にとどまっている。大都市地域の教員養成学部の教員就職者数は、なぜ伸びていないのだろうか。考えられる一つの理由は、98年から00年度までに実施された教員養成課程5,000人削減計画の「失敗」である。教員養成課程から史上最低数の1万人の卒業生が巣立つことになった04年3月には、すでに教員採用数は大幅に増加していた。教員需要が急増した時期に、教員の供給が3分の2に減少するという需給のミスマッチが発生したのである。しかも、5,000人削減計画では、教員需要が急増した大都市地域にある教員養成課程も例外なく入学定員が削減され
教員就職者の伸び悩みの理由は入学定員だけではない。9教員養成学部の07年3月卒業者の教員就職率を調べてみると、兵庫教育(79.7%)、愛知教育(75.2%)、大阪教育(61.9%)、千葉(60.1%)、奈良教育(64.7%)、京都教育(64.6%)、東京学芸(57.1%)、埼玉(50.8%)、横浜国立(43.4%)と低くなっていく。特に埼玉と横浜国立の教員就職率は、全国平均(56.9%)を下回っており、逆に、教員以外への就職率が高くなっている(横浜国立30.2%、埼玉27.3%)。大都市部に位置しているだけに民間企業の求人も多いのだろうが、学部名の変更を含めて大幅に変更した教育学部は、教員養成という学部の使命が希薄化したのかもしれない。
- *1 95年度の教員養成課程の入学定員は大都市地域9学部4,110人、地方1万1,685人だったが、00年度にはそれぞれ3,090人、6,680人になり、5年間の削減数はそれぞれ1,020人、6,680人であった。削減率は、大都市地域25%、地方43%と地方の方が多い。このように文部科学省は地域間の教員需要をまったく無視していたわけではなかったが、大量採用が目前に迫っていた大都市地域の教員養成課程の入学定員削減は不必要であった。
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![図表[1]国立教員養成学部の教員就職状況と公立小中学校の教員採用数](img/yamasaki_fig01.gif)