BERD 2008 No.14
【連載】
教える「現場」
育てる「言葉」
profile
森 信雄
もり のぶお

将棋棋士(七段)。
1952年、愛媛県生まれ。
故・南口繁一九段の下に弟子入りし、19歳で奨励会入会(4級)。
76年四段となり、プロに。
80年度の新人王戦で優勝。
その半生と人柄は、ノンフィクション『聖の青春』(大崎善生著)に詳しい。
弟子には、2006年に四段へ昇段した糸谷哲郎五段などがいる。

[新進棋士奨励会]
6級から三段までで構成されており、四段に昇段すると晴れてプロ棋士となる。
奨励会には入会試験があり、受験者同士の対局による一次試験、筆記試験・面接等の二次試験がある。
入会後、三段までは規定の成績を収めるごとに昇級・昇段する。
三段は同段位によるリーグ戦となり、半年間かけて全18局の戦績を争う。
四段になれるのは上位2人のみ。
昇段には年齢制限があり、満21歳の誕生日までに初段になれなかった場合と満26歳でリーグ終了までに四段になれなかった場合は退会となる。
BERD
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勝つだけではなく将棋で飯を食うための修行を
成長の阻害要因は心にある
森 信雄[将棋棋士]

森 信雄
  プロ棋士は、現在160人(女流棋士を除く)。
プロを目指す者は「奨励会」という養成機関で実力を競う。
会員のほとんどは小学校高学年から20代前半の若者たち。
彼らは人生のごく早い時期に将来を思い定め、プロ棋士に弟子入りする。
この師弟関係の中では、どのような「教え」が実践されているのか。
多くの棋士を輩出している森信雄七段の「現場」を訪ねた。
師弟になるまでの「教えない」時間
 7月のある土曜日。兵庫県宝塚市内にある森信雄七段の自宅で、奨励会受験者の研究会が開かれていた。8月下旬の入会試験に向けた直前対策。研究といっても、中身は実戦、集まった5人が総当たりで対局するのである。
 居間に置かれた将棋盤を挟み、向かい合う幼い顔がみな緊張している。全員が10代。うち3人が中学生、1人は小学生だ。「パチッ」と駒を打つ動作がテンポよく繰り返されるが、そのうちぱったり止むと、しばらく無音の時が流れる。すると一方から早口に「負けました」の声。しかし、隣部屋の「師匠」は気にする様子もなく、ただ黙って眺めている。
 「将棋は自分で強くなるしかない」と、プロ棋士のほとんどは口を揃える。森さんも同じ意見だ。
 「強くなりそうな子には、技術的なことはほとんど教えません。奨励会を受けるぐらいだから、普通に努力すれば初段は可能だし、僕は三段がノルマだといっている」
 奨励会は、プロの将棋指しになるための最初で、最後の関門だ。満15歳以下で入会すると、6級からプロへの挑戦が始まる。1つ上へ行くには、実力が近いライバルと月に2度の例会で対局し、勝ち星を重ねるしかない。5、4、3……と級位を上げて1級までくると、次はいよいよ初段。奨励会は三段までで、さらに昇段して四段になれば、晴れてプロ棋士の誕生となる。その道のりは長く、奨励会を抜けて四段になるまで、早くて5、6年、普通はまず10年を念頭に置かなければならない。最近では高校や大学にも通いながら、学業と奨励会を両立する人が増えているという。
 奨励会は誰でも入会できるわけではない。年に1度きりの試験は、1次で他の受験者と2日間で6局、2次では奨励会員とも3局を戦って、それぞれ好成績を収めることが合格の条件だ。入会を果たす者は例年、受験者の3割程度。森さんはこのところ難易度がさらに増しているのを実感し、受験者の親にも、2年や3年の我慢は覚悟するよう話しているという。
 受験者は師匠の推薦を受ける決まりであり、推した側はそれ相応の責任をともなう。しかし、「基本的に技術指導はしたくない」と森さんは言い切る。では、師匠は弟子に何を教えるのか。
 「奨励会に入るまでは、弟子と距離を置いて接するようにしています。よくない言い方かもしれませんが、いつやめてしまうか分からないので、初めから深入りしないほうが、お互いのためなのです」
 森さんは、弟子入りを志願して訪れた子どもとその親には、「プロを目指す」と宣言してもらっている。しかし、思春期の心はうつろいやすい。プロ意識の芽を持つ子はまれで、森さんも期待した子どもがあっさり将棋をあきらめ、何度も失望させられた。
 だから森さんは、奨励会の試験が終わって次年度に向けた研究会を始めると、参加してきた子どもを半年くらいじっくりと観察するようになった。本人や親の前向きな言葉も、いったん脇に置いて。
 「僕の場合、弟子を将棋の腕前では区別しません。弱くても構わない。要は、これから何年も将棋に打ち込み、本当にプロを目指す気があるかどうかです」
 あえて弟子を疑ってまで本気にこだわるのは、生半可な気持ちでは決して将棋でプロにはなれないからだ。子どもたちも観察されていることを自覚することで、プロになるまでの道のりがどれほど険しいかを感じ取っているという。
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