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「熟達化過程」から見た日本の科学者育成の課題
──才能を伸ばすための指導者の役割──
北村勝朗[東北大学大学院教育情報学研究部教授]

恵まれた教育環境にいるから、科学好きになる。
一流の科学者となるためには、努力ではなく生まれ持った素質が必要。
──しばしば語られるこうした「常識」を、「才能」や「熟達化」について研究する北村勝朗先生は、真っ向から否定する。
「熟達」とはどういうことなのか、人はどのように技術や知識を身に付け、才能を伸ばしていくのか、話をうかがった。
一流の科学者となるためには、努力ではなく生まれ持った素質が必要。
──しばしば語られるこうした「常識」を、「才能」や「熟達化」について研究する北村勝朗先生は、真っ向から否定する。
「熟達」とはどういうことなのか、人はどのように技術や知識を身に付け、才能を伸ばしていくのか、話をうかがった。
キーワード=熟達化、才能、指導者
「才能」にまつわる三つの根拠なき迷信
もともと、「熟達化」についての研究を始めたのは、私自身の小さいころの体験がきっかけです。
子どものときから、勉強やクラブ活動、習い事で行き詰まる度に、親や指導者からいわれたのが「才能がないんだからやめたら」ということでした。そうすると、「頑張れば何とかなるのでは」という思いもありながら、「やっぱりそうかな」と思って諦めてしまう。その繰り返しだったのです。
そのもやもやした思いが晴れたのは、留学したカナダでのことです。「才能とコーチング」の研究グループで学ぶうちに、一流になれるかどうかは才能ではなく、練習の質と量の問題なのではないか、と気付かされた。そこから、ノーベル賞などの世界的な賞を受賞した科学者、芸術家、プロスポーツ選手など、さまざまな分野の「エキスパート」へのインタビュー調査を行うようになったのです。
これまでに、100人以上のエキスパートへのインタビューを行ってきましたが、その結果からも、また多くの先行研究から考えても、これまで「才能」に関する常識とされてきたことの多くは、何の根拠もない、単なる迷信に過ぎないと確信しています。
例えば、「その人が成功を収めることができたのは、遺伝的な生まれながらの素質に恵まれていたからだ」といわれます。しかし実際には、例えば科学者になった人が、必ずしも両親が科学好きだったり、小さいころから理科の成績が良かったりしたわけではありません。また、その他の分野でも、成功している人というのは、私たちが思っているよりもはるかに厳しい努力を重ねているわけで、それを「遺伝」で片付けてしまうというのは、彼らに対しても非常に失礼なのではないでしょうか。もちろん、才能に対する遺伝という要因を全否定するわけではありませんが、それはあくまで数多くの要素の一つに過ぎず、決定的な要因ではないということです。
それから、「才能は独りでに開花し、自然に伸び続けるもの」だともよくいわれます。しかし、実はほとんどのエキスパートは、その分野に興味を持つきっかけになった強烈な出会いや体験によってそれぞれの領域に引き込まれているのです。例えば、ある物理学者は、理科に興味を持つようになったきっかけとして、小学校で「アマチュア無線を始めて、遠くの人たちと話をしたということが鮮明に記憶に残っている」という経験を語っています。
また、「環境」についての迷信もあります。「恵まれた環境にいれば、才能を開花させられる」というものですね。そこから、「一流の科学者を育てるならば、小さいときから最高の環境を用意して、専門家の下で高度な教育を」という話にもなっていきます。しかし、ある物理学者は、「何でも揃っているという環境ではなかったけれど、足りないからこそ、その中で工夫してつくりだしてきた。そうすると、いろいろなことに興味やアイデアがわいてきた」と語っている。環境が最初からすべて整っていると、工夫できる余地がなくてつまらないわけです。
スポーツ選手にも、「遠い練習場までわざわざ来たのだから無駄にしたくないという思いが強かったので、練習のときは一生懸命やった」というケースがあります。もちろん、環境が整っていること自体が悪いわけではありませんが、「環境がないから駄目」ということは決してない。つまり、重要なのは「環境があるかないか」ではなく、その環境と自分が「どう関わったか」だともいえるでしょう。
子どものときから、勉強やクラブ活動、習い事で行き詰まる度に、親や指導者からいわれたのが「才能がないんだからやめたら」ということでした。そうすると、「頑張れば何とかなるのでは」という思いもありながら、「やっぱりそうかな」と思って諦めてしまう。その繰り返しだったのです。
そのもやもやした思いが晴れたのは、留学したカナダでのことです。「才能とコーチング」の研究グループで学ぶうちに、一流になれるかどうかは才能ではなく、練習の質と量の問題なのではないか、と気付かされた。そこから、ノーベル賞などの世界的な賞を受賞した科学者、芸術家、プロスポーツ選手など、さまざまな分野の「エキスパート」へのインタビュー調査を行うようになったのです。
これまでに、100人以上のエキスパートへのインタビューを行ってきましたが、その結果からも、また多くの先行研究から考えても、これまで「才能」に関する常識とされてきたことの多くは、何の根拠もない、単なる迷信に過ぎないと確信しています。
例えば、「その人が成功を収めることができたのは、遺伝的な生まれながらの素質に恵まれていたからだ」といわれます。しかし実際には、例えば科学者になった人が、必ずしも両親が科学好きだったり、小さいころから理科の成績が良かったりしたわけではありません。また、その他の分野でも、成功している人というのは、私たちが思っているよりもはるかに厳しい努力を重ねているわけで、それを「遺伝」で片付けてしまうというのは、彼らに対しても非常に失礼なのではないでしょうか。もちろん、才能に対する遺伝という要因を全否定するわけではありませんが、それはあくまで数多くの要素の一つに過ぎず、決定的な要因ではないということです。
それから、「才能は独りでに開花し、自然に伸び続けるもの」だともよくいわれます。しかし、実はほとんどのエキスパートは、その分野に興味を持つきっかけになった強烈な出会いや体験によってそれぞれの領域に引き込まれているのです。例えば、ある物理学者は、理科に興味を持つようになったきっかけとして、小学校で「アマチュア無線を始めて、遠くの人たちと話をしたということが鮮明に記憶に残っている」という経験を語っています。
また、「環境」についての迷信もあります。「恵まれた環境にいれば、才能を開花させられる」というものですね。そこから、「一流の科学者を育てるならば、小さいときから最高の環境を用意して、専門家の下で高度な教育を」という話にもなっていきます。しかし、ある物理学者は、「何でも揃っているという環境ではなかったけれど、足りないからこそ、その中で工夫してつくりだしてきた。そうすると、いろいろなことに興味やアイデアがわいてきた」と語っている。環境が最初からすべて整っていると、工夫できる余地がなくてつまらないわけです。
スポーツ選手にも、「遠い練習場までわざわざ来たのだから無駄にしたくないという思いが強かったので、練習のときは一生懸命やった」というケースがあります。もちろん、環境が整っていること自体が悪いわけではありませんが、「環境がないから駄目」ということは決してない。つまり、重要なのは「環境があるかないか」ではなく、その環境と自分が「どう関わったか」だともいえるでしょう。
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