BERD 2008 No.15
【連載】
教える「現場」
育てる「言葉」
profile
宇津木妙子
ルネサス高崎女子ソフトボール部総監督
うつぎ たえこ

1953年埼玉県生まれ。
中学1年でソフトボールを始め、高校卒業後は実業団チーム
「ユニチカ垂井」で活躍し、内野手として全日本チームにも選出される。現役引退後、ジュニア日本代表コーチを経て、1986年「日立高崎(現ルネサス高崎)」の監督に就任。
1990年北京アジア大会から日本代表チームを率い、2000年シドニーオリンピックで銀、2004年アテネオリンピックで銅と2大会でメダルを獲得。
現在は、「ルネサス高崎」総監督を務める一方、中央教育審議会委員としての活動や各地での講演なども精力的にこなしている。
著書に『宇津木魂』(文藝春秋)など。
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一人ひとりの徹底的分析から世界に羽ばたく選手を育てる
選手の数だけ、心を伝える指導法がある
宇津木妙子[ルネサス高崎女子ソフトボール部総監督]

宇津木妙子
 2008年北京オリンピックで、ひときわ強い印象を残したのが女子ソフトボールチームの活躍だ。選手一人ひとりの技術レベルはもちろん、その精神力やチームとしての結束力は、まさに「世界一」にふさわしいものだった。1990年の北京アジア大会から4年前のアテネオリンピックまで日本代表チームを率いた宇津木妙子さんに、世界一のチームの礎となった独自の考えや指導法をうかがった。
選手一人ひとりの“小さな変化”を見逃さない
 トレードマークは、飾り気のないウィンドブレーカーとサンバイザー。いかついサングラスに覆われてはいても、その下の眼差しは選手を射抜くかのように鋭い──。
 女子ソフトボール指導者としての宇津木妙子さんには、常に“鬼監督”というイメージがつきまとう。だが、グラウンドで声をからして選手たちを叱り飛ばす姿は、彼女のごく限られた一面でしかない。10代、20代の女子選手たちを、世界に通用する一流アスリートにまで磨きあげる「宇津木流」チームづくりの真骨頂は、むしろグラウンドの外にあったのだ。
 「私がチームを任されたとき、まず最初に取りかかるのは規則づくり。チームの規則を決めて、全員にそれを徹底させます。規則といっても『挨拶をしよう』とか『時間を守ろう』とか、小学校と変わらない。こういう当たり前のことを繰り返すことが、重要なんです」
 例えば、「おはようございます!」という朝の挨拶一つにしても、毎日繰り返していると、選手それぞれの個性が見えてくる。人一倍声が大きい選手もいれば、挨拶の後に必ず一言付け加えて笑わせるお調子者の選手もいる。だがある朝、いつもは声の大きかった選手が、目線も合わせず小声で挨拶して通り過ぎたとしたら……。
 「いつもと違うな、と感じたら、すかさず『どうした? 今日は元気がないな?』と聞くんです。『風邪を引いた』とか、『寝不足で』などと答えれば、『たるんでるぞ!』と一喝すれば済みますが、『いえ、なんでもありません』なんて答えが返ってきたときは要注意。何かチームに対して不満を持っていたり、人間関係で悩んでいたりするのかもしれない。
 チームをまとめる監督として一番大事なのは、そういう“小さな変化”を見逃さないこと。そうやって私が毎日口うるさくいっていると、選手たちも『なぜ挨拶が大事なのか』という本当の意味が分かってきて、チームメイトの変化を互いに気遣うようになります」
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