Between 2002.12
深化するFD

【第3回】 FD活動を生かし大学の社会的使命を具体化する
シンクタンクへ

 

矢内 秋生武蔵野女子大学教授
ガイダンス教育研究会会員
矢内 秋生

 
名古屋大学高等教育研究センター

 名古屋大学高等教育研究センターは教員に対し、授業改善や授業のコース・デザインをアドバイスする実践的役割を果たすために、授業デザインの秘訣集ともいえる「成長するティップス先生」やその運営システムとしての「ゴーイングシラバス」を開発、Web上で提供している。しかし今や、同センターはFDだけにとどまらず、大学教育を中心とする大学のミッション(社会的使命)を支え、改革を進めるシンクタンクとしての機能を担いつつある。



教育のプランやFDのビジョンを教員に示すことが大切

 FD活動の一環として多くの大学が学生による授業評価に取り組んでいるが、その結果をどのように生かすのかがプランニングされている大学は少ない。さらに結果を生かして、どのような改革に導くかというビジョンを描いている大学は一層少ない。
 名古屋大学高等教育研究センターの池田輝政教授(総長補佐、法人化・評価・広報担当)は、「授業アンケートによって個々の教員に授業改善を迫るより、『成長するティップス先生』のような具体的な実践事例を示し、教員が授業そのものをデザインする能力を身につけ、『ゴーイングシラバス』を使って試行錯誤しながら実践していくことを支援するほうが、本質的で効果がある。プランとゴールが見えない授業評価は、作業量が大変になるだけ」と指摘する。
 ただ、同大学でも学生による授業アンケートはかなり以前から実施しており、蓄積された膨大なデータからの分析もなされている。しかし教員組織が大きいだけに、分析から公表にいたるまでに時間がかかり、自己点検評価報告書として刊行される頃には当該学生はすでに受講を終わっている。せっかくカリキュラムや授業内容が改善されても、問題を指摘してくれた学生にはフィードバックできないことになる。むしろ当面する授業の改善のためには、教員の「授業デザイン能力を高めること」のほうが即応的、という指摘なのだ。
 なぜ、FDは多くの場合、個々の教員による部分的な改善に終わってしまうのか。その理由は、総合大学の場合には、教員組織全体を動かすことの難しさがある。加えて国立大学では、大学院重点化で研究重視になりがちな教員意識が教育軽視につながるという事情もはたらいている。


写真
池田輝政 教授



架空の教員の日記形式で授業ノウハウを伝授

 これらの課題に対して、同センターは、「成長するティップス先生」や「ゴーイングシラバス」というマニュアルやツールを作り、誰もが見えやすい形で成果をあげた。「成長するティップス先生」については、マスコミで何度も取り上げられたので、ご存じの読者も多いだろう。もともと「ティーチングティップス」とは、欧米の大学における一般的な授業のノウハウ書を指す。架空の教員ティップス先生の日記を読み進むことで、教科書の選び方やシラバスの作成法、質問の求め方などを学ぶ。その内容は、同センターのホームページから誰でも見ることができる。
 そこには、「われわれ教員が日ごろの教育活動のなかでしばしば出合う、困ったこと、悩みの解決のためにちょっとしたヒントを差し上げようということです。とりわけ初めて教壇に立つ教員の方々に有益なアドバイスとなることを念頭において制作しましたが、経験豊富な教員にとっても、困ったことが生じたり、立ち止まって自分の授業を振り返り改善しようとするときに役立つものになっているはずです」と紹介されている。



七つのスキルからなる授業デザイン力

 「ゴーイングシラバス」は、教員の授業のコースをデザインする能力向上と授業支援を目的として制作されたシステムである。「シラバス」「お知らせ」「授業記録」「みんなの部屋」の四つのパートから構成され、オンライン上で操作することができる。また、これらを上手に活用するための「コースウェア」もオンライン上で利用できるようになっている。
 これらのパートのうち、「シラバス」は、従来のシラバス機能で、「基本情報」「授業概要」「授業計画」の3画面から構成されている。次に「お知らせ」は、教員から学生への伝言板で、授業に必要な情報を随時、学生に発信することができる。また、「授業記録」は授業の進行に合わせて更新される授業記録である。あらゆる形式のファイルが保存でき、外部のホームページにリンクを貼ることも可能となっている。そして、「みんなの部屋」は、教員と学生が自由に書き込める掲示板である。五つの部屋があり、授業の目的に応じて使い分けることができる。授業を続けながら学生の反応によって修正・改善を加え、フィードバックすることで、「学生は大学の授業を刷新するパートナー」という教員と学生のインタラクティブな関係性が取り入れられている。
 また、教員のコース・デザイン能力については、「七つのスキルからなる授業デザイン力」というキャッチフレーズを提示しており、その内容は、「組織のニーズを検討する」「クラスの特徴をつかむ」「授業全体(コース)の目標、概要、計画を示す」「授業方略を立てる」「受講の前提条件を考える」「学習メディアの利用を考える」「授業の成果を評価する」となっている。
 「成長するティップス先生」を基本マニュアルとするならば、「ゴーイングシラバス」はまさに実践ツールといえよう。



コモンベーシックとしての基礎セミナー

 ここで同大学の教育体系について触れておこう。
 同大学の学部教育の特徴は「全学共通4年一貫教育」にある。これは大学設置基準の大綱化を受けた教養教育の見直しの結果、1994年度から打ち出されたものだ。具体的には、それまでの一般教育科目と専門教育科目という枠を取り払い、専門系科目、主題科目、他学部の専門系科目が学べる開放科目、言語文化系科目の4系統の科目群から構成される。
 このうち専門系科目は、基礎セミナー、専門基礎科目、関連専門科目、専門科目という構造になっている。基礎セミナーは全学の教員の協力のもとで行われる1年生対象のセミナー形式の授業である。各担当教員が専門分野のテーマを設定しているが、ゼミの重点は「読み、書き、討論する能力の養成」というコモン・ベーシックス教育(知に共通する基礎教育)に置かれている。言い換えれば、「アカデミックスタンダードのためのコモンベーシック」、つまり分野を超えて共通する「専門知(分野特有のものの見方や考え方の枠組み)探究のための基礎」を獲得する演習といってよいだろう。
 図表は、同大学の「4年一貫教育」を模式的に示している。図表の中でコモン・ベーシックス教育にあたる基礎セミナーがタテとヨコの学習の柔軟性を保証する。学生は基礎セミナーの中で、「インターネット・モデル探検」といった技術・スキル系科目や「ユニクロはなぜ消費者の心をつかんだのか」といったテーマを設定した課題に取り組み、ヨコ方向への学習にそなえることができる。
 また、年次が上がっていくタテ方向の学習に向けた準備として、専攻分野や他分野の学問的な醍醐味に触れられるようにもなっている。例えば、医学部の学生が教育学部の人間発達に関する専門科目を、経営コンサルタントを目指す経済学部の学生がコミュニケーションに関する授業を、それぞれ学ぶこともできる。
 教養教育の見直しで名古屋大学ではすでに、90年代初めには人文科学セミナー、社会科学セミナー、自然科学セミナーが実施され、コモンベーシックとして読解力、思考力、表現力、討論能力を養うことが標榜された。また03年度からは、全学教育というコンセプトで新たな教養教育の体制に移行する準備が進められている。
 その後も学習ニーズ調査が行われ、00年の同センターの調査などから、現行の基礎セミナーでは、読み(テキストの読み方や調査方法)、書き(レジュメ、報告、小論文の作成)、話す(発表、討論、ゼミ運営)という能力、とくに書き=効果的に伝わる文章を書く力、話す=人前で自分の考えを話す力、を高めることにウエートが置かれている。さらにツールとしてパソコンのプレゼンテーションソフトを活用することにも力点が置かれている。「表現を楽しむ」という要素を隠し味として加えようとしているのだ。
 ただし、基礎セミナーの目的であるコモンベーシックに力点を置くべきテーマや要素は、今後も社会の変化に伴って変わってくるだろう。
 しかし「コモンベーシックは存在する」という考え方そのものには賛同したい。大学は知の探究という共通の文化を持った人々が集う場所だ。ならば共通の思考様式やそれぞれの大学が持つ文化に共通する論理の展開方法があるはずだ。池田教授はこの点について、「例えば、大学教員は自分の専門分野の本を効率よく読む技術を身につけている。この技術もひょっとすると分野に関係なく存在する普遍的なものかもしれない。そうであれば、そのような読み方を学ぶことは学生にとっても意義がある」と明快に指摘した。
 とはいえ、このような基礎セミナーの意図がはたして学生に明確に伝わるものだろうか。もし、学生が専攻分野の基礎知識的な演習をイメージして受講した場合、前述のような授業内容や運営にはギャップを感じるのではないだろうか。受動的な授業形態に慣れてきた学生にとっては能動的姿勢への転換がスムーズにいかず、消化不良にならないだろうか。
 この点については、教員が日々の授業をこなしながら、学生からの意見・質問へのフィードバックも欠かさず、つねに授業内容をブラッシュアップしていくように努力することが解決の糸口となるだろう。そしてそのためにも、「ゴーイングシラバス」のようなツールがますます欠かせなくなる。


図表



変容する専門知という資産を社会に生かす大学づくりへ

 同センターの役割はFDの実践だけにとどまらない。実践の成果を生かしながら、今後の大学改革のプランニングを行い、ゴールを構想するシンクタンクとしても機能し始めている。
 具体的には、「国際的な視野のもとに名古屋大学の教育改革を支援する」という同センターのミッションステートメントに基づいて、研究、教育・学習、社会貢献など領域ごとに短期的・中期的な行動目標を掲げ、全学に一層の協力をよびかけ、大学づくりというミッションを共有してもらう提案をする予定だという。
 また、学部の大学院部局化にともない、同センターは現在、大学院教育発達科学研究科の生涯学習研究コース(高等教育マネジメント分野)も担当している。これは、大学のマネジメント分野における高度職業人養成コースといえる。「高等教育研究センターがこの種の大学院教育に参加する意義は大きい。近年、事務職員は教官とともに大学改革を担っており、その専門性向上をめざすSD実践の示唆ばかりでなく、研究機関としても大学づくりに貢献できる」と池田教授は語る。
 今後の同センターのドメイン(活動領域)は、FDの一環として個々の教員の授業デザイン能力を高めるという「部分」から大学全体のマネジメントという「全体」までを俯瞰したものとなる。
 従来の大学改革は、学生の減少や学生気質の変化、あるいは大学進学率の上昇によるユニバーサルアクセス化という外的要因によって推し進められてきた傾向がある。
 しかし、「われわれは大学自体も変化していることに注目してこなかった。“専門知の変化”という座標軸から大学のミッションを考えてこなかったのです。その変化する専門知の宝庫である大学の機能をどのように学生と共有し、社会と共有すべきかを考え始めて、はじめて内発的な大学の刷新としての大学づくりが始まります」と池田教授は主張する。
 研究成果が国際的に評価され、社会的にも「人類・社会に研究による専門知によって貢献する」というミッションを明確に打ち出している同大学ならではの主張ともいえるが、一方で、大学改革に能動的に取り組まなければならないという「大学人全体に対する叱咤」としても示唆に富んでいる。
 全体をコーディネートし、部分については戦略的に具体化するという同センターが描く青写真の一端がうかがえた。


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