東アジア調査の結果からみえること
上智大学教授 吉田研作
「東アジア高校英語教育GTEC調査2006」は2003年度および2004年度に日本・韓国・中国の3カ国で実施した調査の継続調査として、日本と韓国の2カ国で実施している。今回の調査では、これまでと異なり2カ国での実施となったことによって、日本と韓国の違いがより明確にみえてきた。また、今回は、従来の高校生の英語力・英語使用経験の比較だけでなく、日本の高校生が小学生以前に英語を勉強したかどうかによって、中学生、そして、高校生となった時に、英語学習に対する意識にどのような変化がみられるかについても調査を行った。以下、今回の調査結果を概観する。
まず、日韓の高校生の英語力と英語使用経験からみてみよう。過去の調査同様、韓国の高校生と比べて、日本の高校生は、GTEC for STUDENTSのスコアが全体的に低いが、普段の生活における英語の使用経験自体も少ないことがわかる。以前の調査でも問題となった点だが、韓国の場合は、国家政策としての英語教育重視の空気が強く、高校生も英語をやらなければならない、というモチベーションが強いと言えよう。また、環境的にも、インターネットの普及率の高さ、ケーブルテレビ等のメディアの発達が著しく、高校生と言えども、英語に接する機会が日本の高校生よりも多い、ということが言える。特に、メディアを通して、英語を聞いたり読んだりする機会が多いと、それだけ英語力が高くなるのは言うまでもない。
一方、日本の高校生の場合、英語は学校の教科として学ぶにとどまる傾向が強い。国としては、「英語が使える日本人」の育成をうたっているが、まだまだそれが実感されていないのが現状だろう。日本の高校生の調査結果をみても、GTEC for STUDENTSの成績が高い生徒は、それだけ自らも学校外でも英語に触れる機会を持っていることからもわかるように、教師がいかに生徒に生の英語に触れる機会を増やしてあげるかが日本の英語教育の今後の大きな課題だろう。実際に教員研修の場で、先生たちに、中学・高校・大学時代に教科書や授業の英語だけしかやってこなかった人は何人いるか、という問いかけをすると、どの会場でも大体8割ぐらいの先生が、他に好きで英語に触れていた、と答える。英語力と英語使用経験との間に何らかの相関があるとすれば、教科書さえしっかりやっていればよい、という指導から脱却しなければならない。
また、今回、日韓の英語力で違いが顕著であったライティングについては、日韓でより詳細な比較を行った。全体的には日本の高校生のほうがGTEC for STUDENTSで高いスコアを取っているものの、同じ高レベルの高校生を比較すると、韓国の高校生のほうがより複雑で長い文章を書いていることがわかった。日本の高校生の場合は、ある決まった枠組みの中で英語を書くことには慣れているようだが、より高度なライティング力は韓国の高校生のほうが身につけていることがわかった。さらに、このことについて、日韓の教科書の比較から検討すると、韓国の教科書のほうが日本の教科書よりも、語彙数、また語彙レベルの観点からより高度なレベルの英語が使われていることがわかっており、できる生徒は、これらのより高度なインプットをライティングというアウトプットに反映している可能性が示唆された。もちろん、韓国の場合は、大学入試自体で実際に文章を書くライティング力が問われていないために、全体としては日本の高校生よりライティング力は低くなっているのは事実だが、大学入試でライティング試験の変更が検討されていることを考えると、ライティング力でも日本の高校生を追い抜く可能性がある。教科書のインプットがアウトプットにも影響する可能性を考えると、日本の教科書の内容の再検討も今後の大きな課題だろう。
次に、日本の高校生の小学生以前の英語学習の影響についてみてみる。全体として、小学生以前に英語学習を行っていた高校生は、中学でも高校でも英語に対する好意的な気持ちを持っていることがわかる。また、小学生以前に、学校のみならず、英会話学校や塾などでも英語を勉強した経験を持っている生徒は、スピーキング、リスニングなどのスキル面でも効果があった、と答えている。また、小学生時に英語好きだった生徒の多くは、中学でも好きな傾向がみられるが、一部、中学時代に嫌いになる、という生徒もみられる。ただ、一旦中学時代に嫌いになっても、小学生時に好きだった生徒の中には、高校に入って再び英語が好きになる人もいることがわかった。しかし、小学生時に嫌いだった生徒で、高校時代に好きに転じる生徒はあまりいない、ということもわかった。上記のことから、小学校での英語の目的・目標、また指導内容・指導方法の明確化が非常に大切であることがわかる。小学生以前に英語嫌いを作ってしまわないよう、しっかりとした目標を立て、それがしっかり実現できるような教育体制を築くことが何よりも大切である。
今回の調査で、韓国の調査結果も含めて、小学生以前の英語学習がその後の英語学習に好影響を与える可能性が十分あることがわかったが、小学校と中学校の英語教育の体系的なつながりの重要性について考えなければならないことが示唆された。中学に入って英語嫌いが生まれないようにするにはどうすべきなのか。小学生以前の英語学習の好影響をいかにその後につなげていくかを真剣に考えなければならない。いよいよ、今秋から小学校英語導入に向けて教員の研修等が本格的に行われるが、今回の調査結果は、その際の重要な課題を提供してくれるだろう。今回の調査から、悉皆研修を通して、高校の教員の英語教育に対する意識が少しずつ変わってきていることがわかっているが、今後は、より一層小・中・高を通しての一貫した英語教育の在り方を見据えた教員研修の体制作りをしていかなければならない。
また、今回の調査を踏まえて、今後の調査では次のようなことに着目して研究を行うことで、日本の英語教育に対してより有意義な示唆が得られるだろう。まずは、小学校への英語が正式に導入される方向にある現状を踏まえ、英語力を含めたその成果や影響について、長期的な視点でみていく必要がある。また、高校英語教育についても、現在行われているSELHiプロジェクトや教員の悉皆研修に加えて、今後は科目が再編される動きもみえており、これらの改革による影響や成果について調査していく必要があるだろう。更に、今回は日本と韓国のライティングに着目した研究を行ったが、韓国ではライティングに関して大学入試の変更が検討されており、このような変化を捉えつつ、今後も継続的に東アジアの英語教育をみていくことで、日本の英語教育への何らかの示唆を得ることができるのではないだろうか。東アジア調査については、国際的な視野に立って日本の英語教育を考えると共に、長期的な視点で英語教育をみていくことで、更にその研究の意義を深めていけると考えており、今後も継続的に調査を行っていきたい。
