先生や教育委員会の職員だけでなく、保護者も、地域の人も、研究者も、みんなで議論して教育政策をつくっていこう──。そんな試みを今、文部科学省が行っています。題して「熟議」「熟慮」と「討議」を合わせた新語です。どのようなもので、何を目指しているのでしょうか。
核になるものが、二つあります。ひとつが、「熟議カケアイ」というウェブサイトです。同省の政務三役(大臣、副大臣、政務官)が政策課題についてテーマを出し、サイトに登録した参加者が自由にコメントを書き込むことで議論を深めよう、というものです。手始めに「未来の学校」と「教員の資質向上方策は?」の2テーマが出され、1か月近く議論が続けられてきました(5月21日まで)。政務三役は、寄せられた意見を政策に反映させるとしています。
もうひとつの核が、実際に顔を突き合わせての「リアル熟議」です。ウェブサイトの開設(4月17日)に合わせて、東京・霞が関の文科省講堂で「熟議に基づく教育政策形成シンポジウム」が開催され、「小・中学校をよりよくするにはどうすればよいか」をテーマに、15人ほどのグループ(小学校5グループ、中学校4グループ)に分かれて話し合い、インターネットでも同時中継されました。今後、各地でも行われる予定です。ウェブサイトとリアル熟議が連動することにより、いっそう議論が深まることも期待しています。
これまで国の教育政策づくりと言えば、文科省が各界の意向をくみ取り、「中央教育審議会」という高い識見を持った委員の意見も聞きながら、政府としての方針を練り上げていく、というやり方が主でした。しかしそれでは、関係団体などを除けば、実際に学校にかかわって努力している当事者の意見は、十分に反映されません。そうした当事者の声を、何とかくみ上げるシステムをつくろうというのが、ひとつのねらいです。シンポジウムで鈴木寛副大臣は、「中教審というプロ中のプロと、当事者の皆さんによる現場の声を両輪として、教育政策をつくっていきたい」と話していました。
そして、もうひとつのねらいもあります。熟議では教育の「当事者」を、保護者や学校支援ボランティア、大学生、研究者など、広くとらえていることが特色です。そうした立場の違う当事者同士が本音をぶつけ合うことで、ひとつの立場からだけでは見えてこなかった解決方法を生み出そうということ。そして何より、多くの人に議論に参加してもらうことをとおして、お互いの立場を理解するとともに、それぞれが「当事者」としての自覚をさらに深め、生み出された解決策に率先して携わってもらい、いっそう協力して教育に当たってもらおう、ということです。
シンポジウムでも、参加者から、中央レベルだけでなく、地域や学校単位でも熟議を行ったらどうか、との意見が相次ぎました。市民一人ひとりが、良い教育、良い市民社会をつくるという「新しい教育文化の創造」も、熟議に期待される効果だと言います。

1964年北海道生まれ。横浜国立大学教育学部卒。
1990年、教育専門紙「日本教育新聞」記者となり、文部省、進路指導問題などを担当。1998年よりフリー。連載に「『学力』新時代〜模索する教育現場から」(時事通信社「内外教育」)など。
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取り組みとしての面白さはある。政権交代前であれば、いわゆる「ガス抜き」でしかなかったかもしれない。ただ現体制でも、聞くこと自体は熱意があるが、結局、実現できないということになり、結局、言うだけ疲れる話になるリスクはある。実行力はあったが聞く耳のなかった前政権。聞く耳はあるが実行力に乏しい現政権。