自治体・学校単位の取り組み例
※各実践例において,「Cds#XX」と表示しているものはすべて,Cdsの通し番号を示しています。
※文中の氏名や役職,学校名は,実践当時のものです。
※文中の氏名や役職,学校名は,実践当時のものです。
神奈川県三浦郡葉山町との共同実践研究 実践研究参加教員との「2025年度研修会」報告
ベネッセ教育総合研究所では,神奈川県三浦郡葉山町とともに,2023年度から,思考力Cds(Can-do statements) (以下,Cds)を活用して新たな時代に求められる資質・能力を育む授業開発に向けた共同実践研究に取り組んでいます。その最終年度となる2025年度の実践研究をスタートするにあたって,7月に実践校の1つである葉山町立長柄小学校において研究に参加する同校の先生方と葉山町教育委員会,ベネッセ教育総合研究所が集まり,研修会を開催しました。今回は本会にて,議論を行ったCdsを活用した授業設計・指導改善について,これまで実践研究に参加された先生の実践発表とあわせてご紹介します。
最終年度に向けて葉山町教育委員会から
本会は,2025年度の実践研究をどのように深めていくか,葉山町教育委員会,実践に参加される先生方,ベネッセ教育総合研究所の三者が目線を合わせることを目的に開催されました。本会の冒頭,葉山町教育委員会学校教育課の大黒貴文課長が,最終年度の共同研究を通して実現したいことについて次のように述べました。
「本年度は,Cdsを活用した授業設計により多くの先生に取り組んでいただき,今回の共同実践研究を,先生方がご自身の授業力を高める契機としてほしいと考えています。
専門的な研究に基づく知見を有するベネッセ教育総合研究所と実践研究をさらに深めていき,先生方一人ひとりの授業力を高め,学校全体の授業力の向上につながることを心より期待しています。」
「本年度は,Cdsを活用した授業設計により多くの先生に取り組んでいただき,今回の共同実践研究を,先生方がご自身の授業力を高める契機としてほしいと考えています。
専門的な研究に基づく知見を有するベネッセ教育総合研究所と実践研究をさらに深めていき,先生方一人ひとりの授業力を高め,学校全体の授業力の向上につながることを心より期待しています。」
Cdsを用いた授業設計・指導改善について
VUCAの時代に大切な思考力を育むために
長柄小学校では今年度に初めて実践研究に参加する教員が多いため,ベネッセ教育総合研究所学習科学研究室の森下みゆき主任研究員が,改めて,Cdsを用いた授業設計・指導改善について説明しました。
ベネッセ教育総合研究所では,VUCA(注:Volatility・Uncertainty・Complexity・Ambiguity 変化の激しい予測困難な状況)の時代において,自ら探究的に学ぶ基盤となる思考力の育成が必要であると考え、思考力育成研究をスタートし,幼児期から高校段階まで一貫して思考力を育て評価するための研究を進めてきました(詳細は,本研究の背景)。
本研究において育成したい思考力とは,学習指導要領における資質・能力の三つの柱の1つである「思考力・判断力・表現力等」であり,学習者が習得した知識や技能を活用して課題に取り組み,自らの考えを判断・表現する力を指します(詳細は, 本研究における思考力とは)。
思考力を指導可能なスキルとして捉える
ベネッセ教育総合研究所では思考力育成研究プロジェクトを進めるにあたり,「思考スキル」に着目し,思考力を指導可能なスキルの習得とその発揮の姿として捉え,研究を実施することにしました(詳細は, 本研究における思考力とは)。
学習指導要領が示す思考スキルとして,中京大学の泰山裕教授は,複数の教科の学習指導要領およびその解説,教科書の課題等を分析し,教科横断的に19のスキルとして整理しました(泰山2014)(図1)。この思考スキルは,探究学習を含めた,教科の授業において,教科共通で活用することができます。
図1 「思考スキル」
学校や家庭において,子どもに思考力を働かせてほしい場面で,大人は「よく考えて」と言うことがあります。しかし,考えてというだけでは漠然としており,具体的に何をすればよいかイメージしづらい場合があります。例えば,国語で作文を書く際には,「順序立てて」文章を組み立て,よい文章と自分の文章を「比較して」,自分の作文を評価することが求められます。このように「考える」を具体的な行動レベルにすることで,指導・支援がしやすくなります。
思考力の育成に役立つCds(Can-do statements)を開発
ベネッセ教育総合研究所では,教科内あるいは教科横断的に思考力を育成するために,学習者と教員が共有できる目標として,思考力を発揮している状態を具体化したCdsを開発しました(小野塚・泰山 2022)。
Cdsは,複数の思考スキルを総合的に活用する能力として思考力を示した枠組です。学習指導要領の解説にある各教科の「思考力・判断力・表現力等」の記述について,教科共通の思考スキルの発揮が見られる内容を分析し,22項目の教科共通の能力記述文をまとめました(図2)(詳細は, 本研究における思考力とは)。
図2 Cdsの構成(中学校版の一部抜粋)
各教科の文脈で具体化した能力記述文も併記しています。これにより,それぞれの教科でどのような点を意識して指導すれば教科横断的な思考力の育成につながるのかを理解できるようにしています。
このCdsを授業設計に活用することで,学校全体や自治体全体で教科横断的に,また,一貫したねらいのもとで,思考力の育成を目指すことができます。指導者には,各教科の指導の中で,思考力の育成を目指した授業設計がしやすくなるなどのメリットがあります。子どもにおいても,学習の過程やふり返りの中で,どのような思考力を使っているか,自分の考え方や学習の進め方をメタ的に捉えられるようになります(図3)。
図3 Cdsを授業設計に活用するメリット
学習者のふり返りを行い,自己調整力をつけていく
Cdsは,学習のねらいとしてだけでなく,学習者のふり返りにも活用することができます。Cdsを手がかりに授業をふり返ることで,学習者は単元の内容だけでなく,学習を通じて自分がどう考えたのか,どのように学習を進めてきたか,メタ的に捉えられるようになります。これにより,問題解決の際にどのような考え方・アプローチが有効かを理解しやすくなり,学習の進め方を自ら調整できるようになることを目指しています。
2023年度,2024年度の実践研究では,参加した先生方の授業において,児童・生徒と教員にふり返りをしてもらい,意識の変容について検証してきました(図4)。中学2年生のある生徒は「今回の学習を踏まえて,疑問に思ったことは何かと比べてみるとわかるかもしれないということを学びました」とふり返っていて,「比較する」という思考スキルやCdsを手がかりに学習の進め方について思いを巡らせていることがわかりました。
図4 学習者にとってのふり返り
思考力育成を「点」から「面」に広げるには
ベネッセ教育総合研究所では,思考力育成をより深めていくには,学年・校種の縦断,教科を横断した連携の重要性を感じています。
2024年度の実践では,葉山町立南郷中学校が同じ学級において理科と社会科の授業でCdsを活用したところ,ある生徒が2つの教科で共通するCdsについてコメントを記載していました。教科を横断してCdsを意識することで,ある教科内に閉じず,他の教科や日常での課題におけるCdsの活用につながると考えられます。また,南郷中学校と長柄小学校において校種を縦断した取り組みもされてきました。長柄小学校では,今年度,多くの先生方に実践研究に取り組んでいただく予定です。教員間でCdsのねらいを共有するとともに,ある教科で取り組んだCdsを他教科や日常生活でも活用するよう助言するなど,子どもへの意識づけを工夫していただけると,子どもの学びが一層広がり,思考力育成が「点」から「面」へと展開するのではないかと考えています。
2024年度の実践では,葉山町立南郷中学校が同じ学級において理科と社会科の授業でCdsを活用したところ,ある生徒が2つの教科で共通するCdsについてコメントを記載していました。教科を横断してCdsを意識することで,ある教科内に閉じず,他の教科や日常での課題におけるCdsの活用につながると考えられます。また,南郷中学校と長柄小学校において校種を縦断した取り組みもされてきました。長柄小学校では,今年度,多くの先生方に実践研究に取り組んでいただく予定です。教員間でCdsのねらいを共有するとともに,ある教科で取り組んだCdsを他教科や日常生活でも活用するよう助言するなど,子どもへの意識づけを工夫していただけると,子どもの学びが一層広がり,思考力育成が「点」から「面」へと展開するのではないかと考えています。
実践研究発表(葉山町立長柄小学校 水木裕介先生)
2023年度の実践について(5年生 社会科「日本の工業生産と貿易と運輸」)
2023年度から実践研究に参加している長柄小学校の水木裕介先生が,2023年度に自身が実践した社会科の「日本の工業生産と貿易と運輸」の単元におけるCdsを活用した授業について発表しました。
まず,学習目標と学習の流れ(図5)とCdsを用いた指導計画の立案の流れ(図6)を紹介します。
指導書や教科書を基に,単元の学習内容を探究的な学習過程に整理しました。その上で,Cds一覧表から,育成したい思考スキルを抽出しました。社会科は,指導書を見ると,知識・技能,思考力・判断力・表現力を高める学習活動の中に思考スキルを使う場面が多く含まれているので,Cdsを用いた指導計画を立てやすいと感じました。指導計画は児童の実態を踏まえて調整を加え完成させました。
指導書や教科書を基に,単元の学習内容を探究的な学習過程に整理しました。その上で,Cds一覧表から,育成したい思考スキルを抽出しました。社会科は,指導書を見ると,知識・技能,思考力・判断力・表現力を高める学習活動の中に思考スキルを使う場面が多く含まれているので,Cdsを用いた指導計画を立てやすいと感じました。指導計画は児童の実態を踏まえて調整を加え完成させました。
図5 授業内容の概要
図6 指導計画の流れ
作成した指導計画は図7の通りです。同単元では,思考力育成の目標に Cds#2,#4,#6,#12,#18を掲げました。
図7 指導計画
2024年度は,6年社会科,テーマ「全国統一への動き」の授業で実践研究を行いました。織田信長,豊臣秀吉,徳川家康の3人の武将が,いかにして全国統一を目指したのか,それぞれの政治的取り組みや信念について調べ,整理した上でグループ発表を行う授業で,Cdsの#2,#3,#6,#14,#21をめあてに掲げて授業計画を立てました。2025年度も社会科において実践研究を行う予定です。
思考力の評価とふり返りについて
本授業では,思考力の育成状況を,授業での発言,ふり返り,学習カード,テストの4つを基に総合的に捉えました(図8)。中でも重視したのがふり返りです。
図8 思考力評価とふり返り
2023年度の実践では,「学習した内容」「本時で学習した中で大切だったことやわかったこと」を記述できるふり返りシートを用意し,子どもは毎授業,ふり返りを行いました。
「知りたいことや問い,調べ方や進め方を発見することができた」「情報の読み取り,整理,考えをまとめる力が向上した」「話し合うことによる,様々な視点を知ることができた」といった内容を子どもは書いていました。Cdsを活用した指導設計の工夫により,子どもに身につけてほしい思考力を意識しながら授業をできたことは,大きな成果と感じています。子どもに何をどう考えればよいかを明確に示せたことで,情報を読み取る力や整理する力,考えをまとめる力などを育成することができました。
一方で,Cdsを意識したふり返りは2割程度で,多くの子どもが学習内容に関する気づきにとどまっていたことに課題を感じました。子どもがCdsのめあてを理解することが難しかったのだと思います。2024年度の実践では,Cdsを意識したふり返りを促したいと考え,子ども自身がCdsを記載したシートから今回の授業で活用したと思うCdsを選択して,ふり返りを書くことを期待しましたが,それでも難しかったようです。そこで2025年度は,本時のCdsのめあても明示し,子どもが授業中も常にCdsを意識できるように工夫したいと考えています。そうすることで,子どもがめあてとする思考力を意識して活用できるようになるのではないかと期待しています。
図9 児童のふり返りによる実践の成果と課題
図10 教師のふり返りによる実践の成果と課題
質疑応答と意見交換
最後に,長柄小学校の教員と,葉山町教育委員会の大黒課長,長柄小学校の長谷川泰子校長,ベネッセ教育総合研究所学習科学研究室の佐藤昭宏室長と森下主任研究委員による質疑応答と意見交換が行われました。新たに思考力育成研究に取り組む先生方からCdsの活用やふり返りについて質問が出されました。
◎Cdsの活用について
長柄小学校教員A:理科の学習指導要領や探究学習のサイクルには「比較する」「関係づける」といった表現が含まれており,Cdsを授業に活用するイメージが湧いてきました。Cds は22項目ありますが,すべての項目を使う必要があるのでしょうか。
森下: 22項目すべてを活用する必要はありません。先生がご担当される学年や学級の実態に応じて,「このスキルを育てたい」「このスキルを育成する機会が少ないので挑戦してみたい」といった観点から必要な項目を選んで取り組んでいただければと思います。
長柄小学校教員B:3年生の担任をしていますが,発達段階的に複数のCdsを扱うのは難しいのではないかと思います。小単元で1つなど,取り組むCdsをクラスの状況にあわせて考えてよいでしょうか。
長谷川校長:今回の長柄小学校の取り組みとしては,問題ないと考えています。これまでは5・6年生で実践研究に取り組んでいましたが,2025年度は3・4年生にも実践を広めることにしました。Cds は3・4年生にとって難しい部分もあるため,小単元1つに対して1項目のみを扱うなどの形になるのかと思います。本実践研究では,知識・技能の習得に偏らない,思考力育成の視点を大切にした授業づくりを通じて,学校全体の授業力の底上げを図りたいと考えています。最終的には,国語の教科で活用したこのCdsは他の教科でも使えそうだと,子どもが自ら気づくことが理想です。
大黒課長:教員は,授業において,「この内容を理解してほしい」という点には強く意識を向けていますが,「どの思考力を育てているのか」を明確に意識することは難しい場面もあります。今回,Cdsについて理解を深め,それを踏まえて指導計画を立てていただくことで,子どもに育成すべき思考力を意識して授業ができるようになると考えています。これは授業力の向上にも大きく寄与するものと,教育委員会も期待しています。
佐藤:Cdsの22項目は,それぞれが複数教科にまたがる内容となっています。そのため,ある教科で扱いやすい項目もあれば,扱いにくい項目もあります。加えてこれまでの実践研究では、学年の違いによる項目の理解のしやすさについての指摘もあり、教科や学年による扱いやすさの違いについてご意見をいただいています。最終年度の今年は,また新たな学年、実技教科で取り組んでいただく予定のため、それらの実践からCdsを活用した授業実践上の課題をうかがい,今後の改善に生かしていきたいと考えています。
◎ふり返りについて
長柄小学校教員:水木先生は毎時間ふり返りを行ったようですが,ふり返りの内容や形式,回数を自由に変更しても構わないのでしょうか。
森下:小単元ごとと単元終了後など,クラスの状況にあわせてふり返り設定してください。ねらいとしたCdsに対して子どもたちがどのようにコメントしているか,変容しているか,見とっていただき指導改善に生かしていただければと考えています。
長柄小学校教員:Cdsで視点が与えられることで,子どももふり返りがしやすくなると思いました。単元の中で複数ふり返りを行う場合,前に書いたものが見えると,どう意見が変わったかなどが見られるとよいと思いました。
まとめ
本会では、実践研究に取り組む先生方から、子どもの発達段階・学年よってCdsの提示の仕方や、ふり返りの回数に調整が必要である点など質問・意見が出されました。今後先生方が計画を立案、秋から実践研究実施となります。初めて取り組まれる先生方が感じられた疑問点・課題を解決していくことで、どの先生も取り組める学校全体での動きへとつなげたいと考えています。
文献情報
泰山裕・小島亜華里・黒上晴夫(2014a). 体系的な情報教育に向けた教科共通の思考スキルの検討 : 学習指導要領とその解説の分析から. 日本教育工学会論文誌, 37(4), 375-386.
泰山裕(2014). 思考力育成を目指した授業設計のための思考スキルの体系化と評価. 関西大学審査学位論文. https://doi.org/10.32286/00000196
小野塚若菜・泰山裕(2022). 言語能力Can-do statementsの授業設計の枠組みとしての活用と評価. 日本教育工学会第40回講演論文集. 129-130
泰山裕(2014). 思考力育成を目指した授業設計のための思考スキルの体系化と評価. 関西大学審査学位論文. https://doi.org/10.32286/00000196
小野塚若菜・泰山裕(2022). 言語能力Can-do statementsの授業設計の枠組みとしての活用と評価. 日本教育工学会第40回講演論文集. 129-130
神奈川県三浦郡葉山町の取り組み—共同実践研究に関する「2023年度成果共有会」報告
ベネッセ教育総合研究所では,2023年度より神奈川県三浦郡葉山町とともに,Cdsを活用して新たな時代に求められる資質・能力を育む授業開発に向けた共同実践研究に取り組んでいます。2024年3月に,葉山町とベネッセ教育総合研究所で,1年間の実践研究の成果と課題,展望を確認する成果共有会を実施しました。ここではその内容をもとにご紹介します。
共同実践研究について
葉山町教育委員会では「“人を育てる”葉山」を掲げ,小中一貫教育の推進や新しい時代に必要となる資質・能力の育成に取り組んでいます。その一環として,小・中学校では「総合的な学習の時間」を軸とした系統的な探究学習を進めています。
ベネッセ教育総合研究所は,探究学習における教育目標の設定やプログラム開発などに関して協力依頼を受け,葉山町教育委員会とともに議論を重ねました。その結果,「総合的な学習の時間」へ展開する前に,教科教育を通して探究学習に必要な思考力・判断力・表現力を始めとしたスキルを育成することが重要という考えに至り,今回の共同実践研究が始まりました。
葉山町教育委員会で各学校から希望者を募り,同町立長柄小学校(3名),及び同町立南郷中学校(4名)の計7名の教員がCdsをめあてに設定した授業を実践しました(表1)。具体的な実践の内容は,小学校実践例ならびに中学校実践例を参照してください。
表1 2023年度の各学校の実践(学年と教科)
| 学年と教科 | |
| 葉山町立長柄小学校 | 5年社会科,6年社会科,6年理科 |
| 葉山町立南郷中学校 | 1年国語科,1年社会科,2年社会科,3年数学科,3年社会科 |
ふり返りの分析
ベネッセ教育総合研究所は,各学校の授業実践を通して,児童生徒及び教員にどのような意識変容があったかを客観的に評価しました。実際の分析結果を通して,Cdsを導入した授業の成果についてご説明します。
テキストマイニングによる児童生徒のふり返りの分析
テキストマイニングの手法を用いて,児童生徒による授業後のふり返りを分析し,意識変容を可視化しました。児童生徒への質問は,次の通りです。
- 質問1.学習のめあて(Cds)に対して,学習をふり返ってみて,何がわかりましたか。
- 質問2.今回の学習を通して,あなたは何がどのように変わりましたか。そのことについてあなたはどう思いますか。
ここでは,小学6年生の社会科の授業の,テキストマイニングの結果をご紹介します。
◎長柄小学校 松原直紀先生 6年生 社会科「幕府の政治と人々の暮らし」
本単元で思考力のめあてとしたCds
[情報収集]
Cds#6 複数の情報を目的に沿って整理することができる
[整理・分析]
Cds#11 根拠を明確にして考えをまとめることができる
[整理・分析]
Cds#14 対象の適切さを確かめることができる
[まとめ・表現]
Cds#21 考えや結論に対して他者の考えを踏まえながら再検討することができる
本単元で思考力のめあてとしたCds
[情報収集]
Cds#6 複数の情報を目的に沿って整理することができる
[整理・分析]
Cds#11 根拠を明確にして考えをまとめることができる
[整理・分析]
Cds#14 対象の適切さを確かめることができる
[まとめ・表現]
Cds#21 考えや結論に対して他者の考えを踏まえながら再検討することができる
図1 質問1の分析結果
図2 質問2の分析結果
質問1の分析結果(図1)は,児童のふり返りの中で多く出てきた言葉ほど,文字が大きく表示されています。結果を見ると,「取り入れる」「根拠」「まとめる」「付け足す」「再検討」などCdsに関連する言葉が多く出てきていました。一般に,授業のふり返りでは単元の学習内容に関する言葉や感想が大多数となりますが,本授業では自分の考え方や学習行動に関する言葉が多く,児童がCdsを十分に意識して授業に取り組んでいたことが読み取れます。
質問2の分析結果(図2)は,児童が自分の変容をふり返る中で語られた,単語の関連性(共起)を可視化した図です。例えば「反対」「意見」「取り入れる」などのつながりが確認でき,ここでもCdsに沿って自己評価をしていることがうかがえます。
他の学校や教員の授業における児童生徒のふり返りでも,同様の分析結果が見られています。このことから,Cdsをめあてとした授業では,子どもが自身の思考プロセスを意識的にたどりながら,学び進めやすいことが確認されました(小野塚ほか 2022)。
教員のふり返りと児童生徒のふり返りの定性的な分析
児童生徒及び教員の意識変容を評価するために,両者のふり返りの定性的な分析を行いました。ここでは,中学1年生の国語科の授業の分析結果から抜粋して紹介します。
◎南郷中学校 川上緑夏先生 1年生 国語科「読み手に伝わる意見文を書こう」
本単元で思考力のめあてとしたCds
[課題設定]
Cds#1 日常生活や社会事象から課題を見つけることができる
[整理・分析]
Cds #11 根拠を明確にして考えをまとめることができる
[まとめ・表現]
Cds #18 相手や目的,状況に合った方法で表現・説明することができる
Cds #19 問題解決の結果やそのプロセスを客観的に捉え,良い点や改善点を見いだすことができる
本単元で思考力のめあてとしたCds
[課題設定]
Cds#1 日常生活や社会事象から課題を見つけることができる
[整理・分析]
Cds #11 根拠を明確にして考えをまとめることができる
[まとめ・表現]
Cds #18 相手や目的,状況に合った方法で表現・説明することができる
Cds #19 問題解決の結果やそのプロセスを客観的に捉え,良い点や改善点を見いだすことができる
【教員のふり返り】
- 「いつもの短い文章作成ではなく,原稿用紙3,4枚の内容を構成するにあたって,具体例や体験談なども根拠とする意識をカード表で持たせることができた」
- 「前単元に比べ,内容自体を客観的に捉えることができたが,今回はそこに至るプロセスまでを見つめてアドバイスできた生徒は少ないように感じたため,『過程』については課題に感じる」
【生徒のふり返り】
- 「根拠を明確にすることによってより相手に伝えられるということがわかった」
- 「アドバイス会によって,自分では気付けなかった部分やアドバイスを聞くことができ,主観的に捉えるのではなく客観的に捉えられるようになりました」
教員と生徒のふり返りを照らし合わせると,Cdsでめあてとして設定された「根拠」や「客観的に捉えること」についてどちらも言及しています。そうした分析結果から,授業では教員が設定しためあてと生徒の意識に重なりが見られることがわかりました。他の授業でも,教員のねらいと児童生徒の意識の間には高い整合性が認められました。
2023年度の成果と課題
成果のまとめ
本研究の成果の1つは,授業設計におけるCdsの有用性が再確認できたことです。Cdsをめあてとして授業構想を練ることができ,児童生徒のふり返りの記述とも整合性がありました。授業を実践した教員からは,「授業のねらいが再整理でき,『自分がねらっていたのはこういうことだ』と感じた」「Cdsがあるおかげで,声かけを明確にでき,授業も展開しやすかった」といったコメントがありました。
児童生徒のふり返りに自分を客観的に捉える視点が見られたことも,成果の1つです。Cdsをめあてとすることで,学習の内容だけでなく,「問題解決のプロセス」をふり返る様子が見られました。そうした意識の変容は,「毎回ゴールを頭に入れて,それがゴールに対して明確な根拠になるのか,次から考えたい」といった子どものコメントからもうかがえます。そのように,児童生徒が思考力を発揮する状況を,教員はCdsの観点から捉えることができました。
見えてきた課題
今後の取り組みに関して,先生方から多くのご提案をいただきました。教科横断的な取り組みとするためには,教員間での目線合わせや全体調整が必要であること,また,日々の授業で探究的な学びを行うよう意識し,工夫することが何より重要であることなど,今後の取り組みを考える上での貴重な知見を得られました。
共同実践研究を通して見えてきた課題の1つは,Cdsの共通言語化を進めることです。教員自身や,教員から子どもへの共通言語化はある程度確認できた一方で,教員間,子ども間,あるいは子どもから教員への共通言語化は限定的でした。
次年度に向けての提案
それらの成果と課題を踏まえて,ベネッセ教育総合研究所は,2024年度も取り組みを継続・拡張していくことを提案しました。その1つは,Cdsをめあてとした実践をより意図的に構成することです。特に教科横断の実践や「総合的な学習の時間」との連携により,「点(各教科・単元指導)」から「面(学校全体)」へとつなげることを目指したいと考えます。
また,教科横断の実践や「総合的な学習の時間」との連携が「横」のつながりとすると,小・中学校の資質・能力の系統性を意識して学校間で連携する,「縦」のつながりの充実も大切だと考えます。小・中学校の9年間のつながりを想定しながら,子どもの実態や学習のねらいに合わせて「小学校高学年+中学校3年間もしくは2年間」などと範囲を絞り,中長期的な視点で資質・能力を育成することを,2つめの内容として提案しました。
また,教科横断の実践や「総合的な学習の時間」との連携が「横」のつながりとすると,小・中学校の資質・能力の系統性を意識して学校間で連携する,「縦」のつながりの充実も大切だと考えます。小・中学校の9年間のつながりを想定しながら,子どもの実態や学習のねらいに合わせて「小学校高学年+中学校3年間もしくは2年間」などと範囲を絞り,中長期的な視点で資質・能力を育成することを,2つめの内容として提案しました。
関係者による意見交換
成果報告に続き,葉山町教育委員会や各学校の関係者,ベネッセ教育総合研究所の研究員などが,共同実践研究に関する意見交換を行いました。
—授業改善が大きく前進した
授業を実践した教員にどのような成果を実感しているかをうかがうと,「授業のねらいが明確になった」など,授業改善が進んだことが挙がりました。長柄小学校の水木裕介先生は,「Cdsを用いることで,『この学習でどのような思考力が育つのか』などと意識して,授業づくりができました」と語りました。教員4年目で日々授業改善の視点を大切にしているという南郷中学校の川上緑夏先生は,「授業づくりの過程でCdsを参照してどの思考力が育つのかを確認し,『この思考スキルは意識していなかった』といった様々な気づきや学びがありました」とふり返りました。
授業を実践した教員にどのような成果を実感しているかをうかがうと,「授業のねらいが明確になった」など,授業改善が進んだことが挙がりました。長柄小学校の水木裕介先生は,「Cdsを用いることで,『この学習でどのような思考力が育つのか』などと意識して,授業づくりができました」と語りました。教員4年目で日々授業改善の視点を大切にしているという南郷中学校の川上緑夏先生は,「授業づくりの過程でCdsを参照してどの思考力が育つのかを確認し,『この思考スキルは意識していなかった』といった様々な気づきや学びがありました」とふり返りました。
—学習のふり返りが質的に向上
学びの充実に欠かせないのが,学習のふり返りです。授業のめあてにCdsを取り入れることで,子どもが学習をふり返る視点が明確になるなどの効果が見られました。水木先生は,「Cdsをめあてにすることで,子どもが自分にどういった思考力が身につくのかを考えながら学び,成果を意識的にふり返るようになっていました」と語りました。そうした変化は,ふり返りの質向上につながるものと捉えています。葉山町教育委員会の沖野僚太郎指導主事は,「今年度,各学校を訪問して,『総合的な学習の時間』の授業を参観しましたが,児童生徒のふり返りに『楽しかった』など表面的な言葉が多い印象を受け,少々物足りなさを感じていました。Cdsによって最初に教員と子どもが明確なめあてを共有することで,ふり返りが深まっていくことを期待しています」と述べました。
学びの充実に欠かせないのが,学習のふり返りです。授業のめあてにCdsを取り入れることで,子どもが学習をふり返る視点が明確になるなどの効果が見られました。水木先生は,「Cdsをめあてにすることで,子どもが自分にどういった思考力が身につくのかを考えながら学び,成果を意識的にふり返るようになっていました」と語りました。そうした変化は,ふり返りの質向上につながるものと捉えています。葉山町教育委員会の沖野僚太郎指導主事は,「今年度,各学校を訪問して,『総合的な学習の時間』の授業を参観しましたが,児童生徒のふり返りに『楽しかった』など表面的な言葉が多い印象を受け,少々物足りなさを感じていました。Cdsによって最初に教員と子どもが明確なめあてを共有することで,ふり返りが深まっていくことを期待しています」と述べました。
—教科横断的な学びにつながる
「Cdsの活用によって,教科横断的な学びに取り組みやすくなる」といった発言もありました。川上先生は担当教科の国語科でCdsのどの項目に重点を置くかを検討する際に,他教科ではどの思考スキルを大切にしているのかを,Cdsをベースに考えたといいます。それを踏まえ,「教員が各教科の方針を共有すれば,自分の教科で育てるべき思考力が明確になると思います」と語りました。葉山町教育委員会の山本海人主査は,Cdsの教科を超えた汎用性の高さを指摘し,「今後,教科横断の視点からCdsの目的や使い方を検討することで,さらなる成果が得られると考えています」と語りました。
「Cdsの活用によって,教科横断的な学びに取り組みやすくなる」といった発言もありました。川上先生は担当教科の国語科でCdsのどの項目に重点を置くかを検討する際に,他教科ではどの思考スキルを大切にしているのかを,Cdsをベースに考えたといいます。それを踏まえ,「教員が各教科の方針を共有すれば,自分の教科で育てるべき思考力が明確になると思います」と語りました。葉山町教育委員会の山本海人主査は,Cdsの教科を超えた汎用性の高さを指摘し,「今後,教科横断の視点からCdsの目的や使い方を検討することで,さらなる成果が得られると考えています」と語りました。
—「点」から「線」へ,その先に「面」での展開を目指す
今後,「点」から「面」へ発展させるためには,どのような道筋をたどるべきかということも話し合われました。南郷中学校の益田孝彦校長は,「今回の実践研究に参加したのは一部の教員だけだったため,まずは他の教員にも広げていきたい」と語りました。ただし,学校現場の多忙さなども考慮し,いきなり学校全体に広げるのではなく,まずは「点」を「線」にすることを目指していくということです。長柄小学校の長谷川泰子校長は,「Cdsは,とても有用なツールです。実際に自分の授業で活用すれば,『学びが変わった』『子どもが変わった』と実感できるでしょう。そうした教員が増えると,教科横断の取り組みが生まれて,『線』になっていくはずです」と展望しました。学校全体でCdsの活用を推進し,教科横断的な学習につなげた先には,Cdsを軸として教科学習と探究学習をつなぐことも考えられます。子どもが教科学習で身につけた思考スキルを,探究学習で意識的に活用できるようになれば,子ども自身で探究のサイクルを深めていけるはずです。
今後,「点」から「面」へ発展させるためには,どのような道筋をたどるべきかということも話し合われました。南郷中学校の益田孝彦校長は,「今回の実践研究に参加したのは一部の教員だけだったため,まずは他の教員にも広げていきたい」と語りました。ただし,学校現場の多忙さなども考慮し,いきなり学校全体に広げるのではなく,まずは「点」を「線」にすることを目指していくということです。長柄小学校の長谷川泰子校長は,「Cdsは,とても有用なツールです。実際に自分の授業で活用すれば,『学びが変わった』『子どもが変わった』と実感できるでしょう。そうした教員が増えると,教科横断の取り組みが生まれて,『線』になっていくはずです」と展望しました。学校全体でCdsの活用を推進し,教科横断的な学習につなげた先には,Cdsを軸として教科学習と探究学習をつなぐことも考えられます。子どもが教科学習で身につけた思考スキルを,探究学習で意識的に活用できるようになれば,子ども自身で探究のサイクルを深めていけるはずです。
—業務負担増をいかに捉えるか 子どものふり返りの質を担保しつつどう効率化するか
本取り組みにおけるふり返りの効率化も論点の1つになりました。児童生徒のふり返りについては,「毎回,授業の最後に記入させて整理する作業に,やや大変さを感じた」「以前からふり返りの時間を取っていたので,負担増とは感じていない」など,教員によって実感は異なりました。一方で,授業改善に向けた「必要な負担」という意見もありました。南郷中学校の舟橋健太先生は,「確かに少し業務は増えましたが,それによって授業が充実すれば,子どもは落ち着いて学べます。学校の本分である授業が確実に改善するならば,必要な業務負担だと思って実践しました」と語りました。葉山町では,学習への理解を深めるためには授業の最後にしっかりとふり返りを行うことが不可欠と捉えて授業改善に取り組んでいます。ベネッセ教育総合研究所は,授業改善を図る上で,教員・子どもの双方でのふり返りの重要性を再確認できた点を評価しつつ,毎回の自由記述式のふり返りを一部選択式やメモ書きに変更し,単元ごとにそれまでのふり返り内容をまとめ直すといった効率的なふり返りの方法についても検討していくという考えを示しました。
本取り組みにおけるふり返りの効率化も論点の1つになりました。児童生徒のふり返りについては,「毎回,授業の最後に記入させて整理する作業に,やや大変さを感じた」「以前からふり返りの時間を取っていたので,負担増とは感じていない」など,教員によって実感は異なりました。一方で,授業改善に向けた「必要な負担」という意見もありました。南郷中学校の舟橋健太先生は,「確かに少し業務は増えましたが,それによって授業が充実すれば,子どもは落ち着いて学べます。学校の本分である授業が確実に改善するならば,必要な業務負担だと思って実践しました」と語りました。葉山町では,学習への理解を深めるためには授業の最後にしっかりとふり返りを行うことが不可欠と捉えて授業改善に取り組んでいます。ベネッセ教育総合研究所は,授業改善を図る上で,教員・子どもの双方でのふり返りの重要性を再確認できた点を評価しつつ,毎回の自由記述式のふり返りを一部選択式やメモ書きに変更し,単元ごとにそれまでのふり返り内容をまとめ直すといった効率的なふり返りの方法についても検討していくという考えを示しました。
—Cdsの文言を子どもにどう伝えるか
意見交換では,Cdsの文言についても話題に上りました。Cdsは学習指導要領のレベルで書かれており,基本的には教員が取り扱うものとして設定されています。そのため,子どもにめあてとして提示する際には「理解できるか不安だった」という意見もありました。それに対してベネッセ教育総合研究所は,「Cdsの表現を子ども向けにやさしくするのは,学習指導要領で使われている表現と等質性を担保するのが難しいという問題があります。Cdsに比べて具体的にイメージしやすい思考スキルの表現を,子どもに伝えることもご検討ください」と提案しました。
意見交換では,Cdsの文言についても話題に上りました。Cdsは学習指導要領のレベルで書かれており,基本的には教員が取り扱うものとして設定されています。そのため,子どもにめあてとして提示する際には「理解できるか不安だった」という意見もありました。それに対してベネッセ教育総合研究所は,「Cdsの表現を子ども向けにやさしくするのは,学習指導要領で使われている表現と等質性を担保するのが難しいという問題があります。Cdsに比べて具体的にイメージしやすい思考スキルの表現を,子どもに伝えることもご検討ください」と提案しました。
葉山町教育委員会 稲垣一郎教育長による2023年度の取り組みの総括
最後に稲垣教育長は,1年間の取り組みを次のように総括しました。
「小・中学校の教員は多忙ですが,それでも授業改革を進めようとする有志の教員の取り組みに感謝します。我が国では長年にわたり,受験を意識した教え込む教育が行われてきました。Cdsはそうした表面的な学力にとらわれず,子どもの未来につながる資質・能力を育てる教育に資する,有用なツールになり得ると感じます。日本の教育観を変えるという気概を持って,今後も開発に力を入れていくことを期待しています。」
「小・中学校の教員は多忙ですが,それでも授業改革を進めようとする有志の教員の取り組みに感謝します。我が国では長年にわたり,受験を意識した教え込む教育が行われてきました。Cdsはそうした表面的な学力にとらわれず,子どもの未来につながる資質・能力を育てる教育に資する,有用なツールになり得ると感じます。日本の教育観を変えるという気概を持って,今後も開発に力を入れていくことを期待しています。」