【第2回 最先端の教育実践者が語る座談会】半歩未来の「デジタルを使った学び」とは?

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親世代と小中学生を比較した際の最も大きな違いの一つに、インターネットやICT端末の活用が挙げられます。この環境をどのように生かしていけばよいのかという観点から、第1回に引き続き、いまもっとも先進的な実践で注目を集める3名の先生方にお話しいただきました。

お話しいただいた先生(お名前50音順)

  • ・東京・私立 かえつ有明中・高等学校 副校長 佐野和之先生
  • ・東京・公立小学校 指導教諭 庄子寛之先生
  • ・東京・私立 武蔵野大学中学校・高等学校 校長 中村好孝先生

聞き手

  • ・ベネッセ教育総合研究所 主席研究員 小村俊平

この記事のポイント

先入観を捨て、デジタルに触れる機会を増やすことで子どもは自ら学び始める

小村: 昨年度から今年度にかけて、全国の小・中学校にタブレット端末が配備されましたが、本格的な利活用はこれからのようです。ベネッセが行った調査結果(※1)によると、授業中に端末を使う割合は地域差や教科によって大きな差があり、家庭学習で活用する比率は2〜3割程度にとどまっています。

そこで、現状にとらわれず、デジタルを活用した学びの可能性について、感じていることをお聞かせください。

庄子先生: デジタルが子どもの学びに与えるインパクトのなかで最も大きいのは、「超える」ことだと思います。時間や空間を軽々と超えて、オンラインでさまざまな人や物事に出会うことができます。
子どもが会いたいと思う職業の人にオンラインで話を聴き、とりわけ強い思いを抱いた人には実際に本人に会いに行ければ、学びをさらに深めることができます。

また、授業時間や教科学習の内容、学年の枠も超えて、さまざまな情報や知識を手に入れることができます。極端に言うと、大人はその「超える」ことの魅力や、タブレット端末はそうした魅力に迫ることができるツールであることさえ伝えればよいのだと思います。

基本的な操作方法を教えれば、子どもは興味関心に応じて自ら学び始め、わからないことが出てきた時は教師に聞きに来ます。そうした学びのかたちを実現するためには、教師は子どもを信頼してタブレット端末を存分に使わせる必要がありますし、保護者に「タブレットはゲームや動画用の遊びのツール」という先入観があればそれを捨てる必要があります。

東京都 公立小学校 庄子寛之先生

中村先生: デジタルとの向き合い方について、保護者自身が、子どもが小さいうちから考えておかないといけない時代になりました。どんなに科学技術が進歩しても、人間は五感を使う生き物です。しかし当面は、学びにおけるデジタル活用といえば視覚と聴覚を使うことがほとんどで、五感のバランスが偏りがちになります。ですから、デジタルとそれ以外のツールによる学びはハイブリッドで動かす必要がありますし、子どもが小さい時期ほど、デジタルに対する保護者の理解や支援が必要となってきます。

また、指導内容から個人情報までさまざまな対象がデジタル化するため、教員には、データを管理・活用するスキルが求められてきます。

例えば学習状況のデータをもとに、小学生が中学生の学習内容を学ぶような場面が、日常的に見られるようになってもいいですね。

武蔵野大学中学校・高等学校 中村好孝先生

デジタルで苦手を補強し、その子の強みをもっと発揮できるように

佐野先生: 認知機能のアンバランスから生きづらさを抱えている子の支援にも有効だと思います。視覚優位(※2)の子どもには、視覚情報に頼れない場面をフォローする動画教材を用意したり、聴覚優位(※2)の子どもには、音で覚えるような仕掛けを教科書に組み込んだりできます。そのように、それぞれの子どもにとって苦手な部分はデジタルの力で補い、その分、得意な部分をもっと出せるような授業デザインにしてはどうでしょうか。発達障害の子どもに限った話ではなく、教師も子どもも、弱みをデジタルで補強することでパフォーマンスが上がったり、いままでとは異なる部分が評価されたりするようになると思います。

かえつ有明中・高等学校 佐野和之先生

海外の同世代とかかわり、オンラインの人間関係を築く経験を

小村: 最近の教育キーワードとして「個別最適な学び」が言われていますが、お二人の先生が話されたこともまさに「個別最適化」を実現するご提案です。

学校では、今はまだ一斉授業の中でタブレット端末をどう使うかについて試行錯誤が続いていますが、将来的には、もっと個別化された学びを実現するための道具としてタブレット端末が使われるべきだと思います。

その際は、子ども一人ひとりの特性や経験がデータでシェアされていて、それらを基に子どもが主体的に学び、教師はそれをサポートするような授業風景が見られるようになっているといいですね。

ベネッセ教育総合研究所 小村俊平

中村先生: コロナ禍で小・中学校が一斉休校した経験や、1人1台端末が配備されたことによって、これからは「子どもを学校に行かせなくても勉強できる」と考える保護者が増えると思います。しかし、友だち同士で輪になって他愛もない話をするなど、学校に来ないとできない、デジタルには超えられないものがあります。

小村: どんなにネットショッピングが普及しても、書店で本を探したりスーパーで食材を見ながら献立を考えたりするように、リアルな場で五感を駆使することで、新たな発見に出合うことができます。

一方、デジタルを使って海外の同世代と関わったり、オンライン上で人間関係を築いたりすることも、これからの時代は大切です。国際社会の中で、日本だけに通用する価値観に囲まれて過ごしていては、社会に出たときに自分の世界を相対化して見ることができません。

また、オンラインの人間関係は、相手の外見的な特徴などにとらわれず、その人の中身だけをみてやり取りする貴重な経験になります。これらは小・中学生のうちからぜひ経験してほしいことの一つです。

デジタル化が進むほど子ども時代の「ムダ」「回り道」が大切

庄子先生: 友だちと過ごす時間など、学校に来ないとできないことは、一見、無駄なことに見えますが、実は子どもの成長にとってとても大切です。デジタルは、人間がやりたいことをより簡単に、短時間でできる手段であり、目的があって結果にたどり着くまでの距離が短く直線的になっていきます。

しかしこれからの時代、子どもたちはより複雑で、解決に時間がかかる問題に数多く直面するでしょう。そうした中で生きる力は、ときに目的から遠ざかるように見える経験から育まれます。ライフスタイルや学び方がデジタル化すればするほど、そうした「ムダ」や「回り道」に見える環境が子どもにとって重要という認識を持ちたいですね。

(執筆/神田有希子)

※1:ベネッセ教育総合研究所「小中学校の学習指導に関する調査2021」

※2:視覚優位とは、人の顔を覚えるなど、目で取り入れた情報処理が得意なこと。聴覚優位とは、音楽を聞いて歌詞をすぐ覚えるなど、耳から得た音声情報を覚えたり、考えたりすることが得意なこと。それぞれ、優位でない方の感覚を使った活動を苦手とすることも多い。

第3回に続く>

プロフィール

佐野和之先生

佐野和之(さの かずゆき)先生

東京・私立・かえつ有明中・高等学校 副校長。埼玉県私立中・高での勤務を経て、2014 年同校で「学ぶことの喜び」を追究する新クラス立ち上げの一員として赴任する。 中学ではアクティブラーニングをベースに論理的思考力・表現力を育てる「サイエンス科」、高校では生徒が自分と向き合うマインドセットから知的欲求を喚起する「プロジェクト科」など、「新しい学び」を推進する。

プロフィール

庄子寛之先生

庄子寛之(しょうじ ひろゆき)先生

東京・公立小学校 指導教諭。専門は道徳。コロナ休校中は、オンライン教育に関心を持つ教員らをつないだオンラインイベントを5回にわたって実施し、約2000人が参加した。『残業ゼロの仕事のルール(明治図書)』など著書多数。女子ラクロス21歳以下日本代表の元監督でもある。

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中村好孝先生

中村好孝(なかむら よしたか)先生

東京・私立・武蔵野大学中学校・高等学校 校長。専門は数学。小学校および高等学校教諭等を経て、淳和学園(岡山龍谷高校)では専務理事として学校改革に関わり、2021年度より現職。広報戦略や受験指導等に関する数多くの講演を行っているほか、アクティブ・ラーニングの実践的導入者としても知られる。

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小村俊平

小村俊平(こむら しゅんぺい)

ベネッセ教育総合研究所 主席研究員。OECD日本イノベーション教育ネットワーク事務局長、岡山大学学長特別補佐を務め、ベネッセコーポレーションでは次世代の教育の研究開発等に取り組む。

プロフィール



株式会社ベネッセコーポレーションの教育、調査、研究機関です。子ども、保護者、先生、学校などを対象に、教育に関連する調査、研究を行い、その研究成果や調査報告書、各種データを無償で公開しています。

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