子どもの「安心できる基地」をどう育むか。自信と自己決定を支える関わりかたを考える
2026年1月、ベネッセ高等学院のアドバイザリー総括会が開催されました。医学・心理学の第一人者や、コミュニケーション設計の研究者等3名の専門家が集まり、2025年4月から約1年間の生徒の様子やデータをもとに、現状分析と今後に向けてのディスカッションが行われました。「やりたいこと探し」よりも前に必要な「心の安心基地」の存在。そして、子ども自身が自分の選択を言葉にしながら育てていくプロセスの大切さなど、議論のなかで浮かび上がった、子どもと保護者を支えるための視点を紹介します。
この記事のポイント
幸福度を支えるのは「エンパワーメント」より「安心できる基地」
総括会は、2025年4月から約1年間にわたってベネッセ高等学院が行った調査結果や、生徒の様子などのデータをもとに、現状分析と今後に向けてのディスカッションが行われました。
ウェルビーイング研究の専門家である、武蔵野大学 しあわせ研究所 客員研究員の太田 雄介先生は、まず「幸福度が上がっていない」という点に注目しました。その背景として挙げたのが、「心の安心基地」が十分に機能していない可能性です。
「やりたいことを見つけようという前向きなメッセージも、土台となる安心感が弱い子どもにとっては負担になることがあります。家族や相談できる大人など、"ここに戻ってきていい"と思える存在があること。それが、子どもの幸福度に大きく寄与するのです」と太田先生は指摘しました。
この着眼点への例として、1対1の関わりが 「安心できる基地」 として機能している「赤ペンメンター」という存在についての発表がありました。「赤ペンメンター」の果たす役割とは、子どもの挑戦を支える安心の居場所であったり、自分自身の良さを再発見できるための存在です。
出典:ベネッセ総合教育研究所の調査資料より
彼らは保護者でも先生でもなく、第三の居場所として「斜めの関係性」を設計し、子どもたちに劇的な変化をもたらしているとの発表がされ、太田先生からは「赤ペンメンター」についても、「1対1の関わりが"安心できる基地"として機能しています」とのコメントがありました。
「やりたいこと探し」より先に必要なのは、最初の「自信」
太田先生からは、自己肯定感が十分でない子どもに「やりたいことを探そう」と促すことの難しさについても改めて指摘が続きました。
まず必要なのは、「自分は大丈夫だ、と思える最初の自信を育むこと。小さな成功体験や、安心して話せる大人との関わりが積み重なることで、子どもは少しずつ自己理解を深めていくもの」。このプロセスを焦らず丁寧に支えることが、次のステップにつながると強調しました。
「目標がない」は「どの道を選んでもいい」と知ったから
次に議論が交わされたのは、ベネッセ高等学院に入学後半年が経った高校1年生のなかで「将来の進路について目標がはっきりしていない」と答える生徒が増えたというデータです。一見すると不安に思えるデータですが、京都大学総合博物館の塩瀬 隆之准教授はこれを「豊かな迷い」の可能性もあると見解を述べました。
出典:同調査における4月と11月の比較結果から
これまで学校生活で、偏差値や世間体といった「一本道のハイウェイ」を走らされてきた子どもたちが、「通信制高校という多様な学びが実現できる教育環境に身を置いたことで、世の中にはたくさんの選択肢があることを知ったために生じる迷いかもしれません」と解説。
「どの道も選べる」と気づいたからこそ、安易に一つの答えを選べなくなった――。これは、自分の人生を真剣に主体的に考え始めた証拠と言えるものです。たとえば「 目的地へ行く道が、大通りだけでなく裏道や自転車道もあると知っていれば、万が一トラブルが起きても立ち止まらずに済みます。いまの迷いは、そんな自分だけのルートを探索している大切な時間と考えることもできるのです」とお話を続けました。
一方で、進路選択における大人の関わり方について、少し意外な視点を示しました。
「進路を決める前に大人に相談する必要はない。むしろ自己決定を阻むこともある」。
「子どもが自分で選んだ道を、自分の言葉で何度も語りながら"自分の選択肢"として育てていくこと。そのプロセスこそが、自己決定の力を強めるもの」とし、「大人が勝手に答えと思い込んでいるものを一方的に与えるのではなく、子どもが自分の選択を言語化していく時間を尊重することが求められます」と付け加えました。
「自信」には2種類ある――「積み重ね型」と「挑戦型」
塩瀬先生はさらに、「自信」には2つのタイプがあると説明しました。
● セルフ・コンフィデンス:過去の積み重ねに基づく自信
● クリエイティブ・コンフィデンス:まだやったことがないことに挑むときの自信
不登校などの経験がある子どもは、「積み重ねが足りない」と感じやすく、セルフ・コンフィデンスでは自己否定的なスタートになりがちです。
一方で、クリエイティブ・コンフィデンスは「どうなるかわからないけれど、一歩を踏み出してみる、挑む力」です。
「この"挑戦型の自信"を育てることが、子どもを守る大きな力になります」と語りました。
子どもと保護者の「地盤づくり」を、社会とつながりながら支える
横浜市立大学附属病院精神科の石井 美緒助教は、赤ペンメンターの満足度の高さにも触れながら、1対1の関係から少しずつ社会との信頼関係を広げていく伴走の重要性を強調しました。
石井先生は、ベネッセ高等学院に「社会を広く見ること、夢を持つこと、というところを丁寧にやっていっていただくことを引き続き期待しています」とし、その背景として「自信のなさや自己理解の揺らぎを丁寧に受け止め、保護者も巻き込みながら"地盤"をつくっていくこと。その積み重ねが、子どもが自分を表現し、未来に向けて歩き出す力につながります」と、解説しました。
傷ついた子どもたちが「自由に歩きだせる」環境へ
前列左から 塩瀬先生・石井先生・上木原学院長・太田先生
総括会で繰り広げられた議論は、全国で進む教育課程改革や高校改革とも深く関わるテーマでした。不登校を経験したり、自己肯定力の低い子どもたちが自由に歩き出せる環境づくりに向けて、学校と保護者も意識をアップデートしながら協調していきましょう。
調査概要)
調査はベネッセ総合教育研究所が2025年4月から11月にかけて3回に分けて実施し、配布・回収ともにインターネットを用いて行いました。
4月調査
実施:2025年4月14日~4月30日
6月調査
実施:2025年6月27日~7月4日
11月調査
実施:2025年11月21日~11月28日
総配布数:653名

塩瀬 隆之 しおせ たかゆき
京都大学 総合博物館 准教授 京都大学大学院工学研究科修了。機械学習による熟練技能継承支援システムの研究で工学博士。ATR知能ロボティクス研究所客員研究員、慶応義塾大学SFC上席所員など併任。2012年7月より経済産業省産業技術政策課 課長補佐(技術戦略)。2014 年7月京都大学総合博物館准教授に復職。学びの多様化学校・岐阜市立草潤中学校創立アドバイザー、2025大阪・関西万博日本館基本構想有識者委員会座長ほか、経済産業省 産業構造審議会イノベーション小委員会委員、文部科学省中央教育審議会高校教育改革ワーキング委員、文化庁伝統工芸用具・原材料調査委員会委員など歴任。著書に『学びの多様化学校』(明治図書、2026)、『問いのデザイン 創造的対話のファシリテーション』(学芸出版社、2020)、『未来を変える 偉人の言葉』(新星出版社、2021)ほか。

石井 美緒 いしい みお
横浜市立大学附属病院精神科 助教 横浜市立大学COI-NEXT若者の生きづらさを解消し高いウェルビーイングを実現する共創拠点 プロジェクトリーダー補佐。精神保健指定医、専門医、医学博士。横浜市立大学附属病院、市民総合医療センターなどで精神科医師として勤務後、川崎市健康福祉局こころの健康課担当課長を経て、現職。専門は地域精神保健福祉、精神科救急、児童思春期精神医療。地域で暮らす子どもから高齢者までのメンタルヘルスを支える仕組みづくりに従事した後、現在はデジタルツールを活用した若者向けメンタルヘルスサービス構築に取り組んでいる。

太田 雄介 おおた ゆうすけ
武蔵野大学しあわせ研究所 客員研究員/一般社団法人ウェルビーイングデザイン 理事/株式会社はぴテック CEO 兼 CHO(ハピネス) 慶應義塾大学体育会柔道部、同大学院 総合デザイン工学専攻卒業後、ITコンサルタントとして流通小売/製造/金融業の大手企業にてシステム開発・業務改革に従事。東証一部上場のITコンサルティング企業にて年間個人MVPも受賞。発展しているにも関わらず、幸福度が下がっている世界を課題を感じ、もっとみんなが幸せになる、みんなが幸せに向き合う世界をつくる為に株式会社はぴテック(ハピテック)を創業
