思春期に育つ「世界を広げる力」と「引きこもれる力」——発達の面から関わり方を考えよう【加藤 弘通先生に聞く≪思春期と子ども≫ 後編】

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保護者に対していらだっているような態度や話し方をするなど、思春期の子どもの変化に戸惑うことは自然なことです。思春期を反抗期と同意で考えてしまいがちな理由のひとつは、子どもが「論理的に物事を見る視点」を獲得することで起きる、コミュニケーションの変化が背景にあります。この時期、子どもは「世界の中にいる自分」を意識し始め、深く考える力を育てながらも、悩みや葛藤を抱えることが増えていきます。
不登校もまた、こうした成長の一部として現れることがあり、前編に引き続き本記事でも、発達心理学の専門家である北海道大学大学院 教育学研究院の加藤 弘通先生にお話をお聞きし、思春期の子どもとの関わり方について具体的に考えていきます。

この記事のポイント

思春期の子どもに現れる「ひとりでいられる力」とは

子どもが成長するにつれ、「自分の部屋でひとりで過ごす時間が増えたな」と感じる保護者の方も多いでしょう。自室にいる時間が長時間化していくと、少し戸惑いや心配を覚えるかもしれません。ですが、“ひとりでいられる力”は、子どもの発達においてとても大切なステップなのです。

乳幼児は誰かがそばで世話をしないと生きられず、周りに人がいる状態が一般的として育ちます。少しずつ親から離れ、小学校高学年くらいから、自室などでひとりで過ごす方が心の落ち着きを感じ始めるようになります。加藤先生の研究では、“居場所について”の調査をすると、自分の居場所を子どもたちは圧倒的に「家」と答え、小学校低学年では「家族のいるリビング」を居場所と考える子が多いそうです。

「ひとりでいられるというのは、引きこもる力ともいえます。これは実はけっこうすごいことで、たとえば学生に授業で話すときに、わかりやすく恋愛が破綻したケースを例に出して説明します。恋人と別れ、つらくてひとりでいられなくなることはよくあることだと思います。その時、友だちに話を聞いてもらったり、しばらく友だちの家を泊まり歩いたりしてリカバーしていきます。

つまり、人は不調に陥ったとき、なかなかひとりではいられず、他者に話を聞いてもらったり、誰かにそばにいてほしいと考えるわけです。だとすると他者から離れて“ひとりでいられる”というのは、心の健康のバロメーターともいえるのではないか」と加藤先生は言います。

ただし、ここで重要なのは、ひとりでいても、いざとなったら話を聞いてくれる人がいる、なにかあったら受け入れてくれる人がいる、ということが前提となっていることです。発達心理学の世界では“アタッチメント”と呼び、保護者との間に愛情に基づく深い絆ができていることで、加藤先生は「失敗してもここに戻ってきたらいいよ、と言われれば人はそこから離れて冒険ができる。帰る場所がある、安心できる場所があることが大切です」と話しました。

ある程度の年齢にならないと、“ひとりでいられる能力”は発揮されないので、子どもが自室に閉じこもることもひとつの発達の側面と理解することもできます。
では、発達の過程で起きる変化や問題となる行動には、どのような背景があるのでしょうか。

「相手の気持ちを深く考えられる力」の現れ方と背景で起きている発達について

発達が顕著に伸びる時期とされる9~10歳のころ、相手の気持ちがとてもよくわかるようになる力が獲得されます。専門的には二次的信念といい、「私があなたのことをどう思っているか、ということを、あなたはどう思っているか」が考えられるようになり、相手の心の状態を深く理解したうえで行動を予測することができるようになります。加藤先生は、「相手の気持ちを考える力がぐっとバージョンアップする時期。わかりやすい例では“私があなたのことを好きだってことが、あなたにバレてないかしら?”といったような推論が可能となるのです」と解説します。駆け引きもできるようになるなども、そのひとつです。

「相手の気持ちを深く考えられるようになることは、一方で、他者を思いやることも可能になりますが、良いことばかりではありません。どんなことをすれば、もっと相手が嫌な気持ちになるかも深く考えられるようになり、いじめを深刻化させることも可能になります。たとえば無視など、相手によりダメージを与えるようなことに、気持ちを深く考える力を使うことができてしまいます」と加藤先生はつづけます。

相手の気持ちを考える力が発達したとき、良い方向に働くと他者へやさしくもなれるし、悪い方向に使えばいかに深いダメージを与えられるか?とも考えられるようになるのです。

「実は発達は、良くも悪くもありません。そういう力がついてきたときに、どういう環境に置かれているかが重要です。たとえば、相手の気持ちを深く考えられる力がついたとき、クラスの雰囲気が悪く、自分が誰かをいじめないと、いつ自分が被害者になるか分からないし、先生も親もまったく頼りにならない…となると、それを悪い方向で発揮しようと思う子たちも多くなるでしょう。一方、相手の気持ちを考え、他人のためになる行動をしたら認めてくれる仲間がいて、たとえいじめにあったとしても必ず守ってくれる先生や保護者がいれば、多くの子は、その力を良い方向で発揮するかもしれません」。

さらに、「思春期の子どもが問題を起こしたとき、その背後でどんな力が発達しているのか、そこを考慮し、その力を問題という方向ではなく、生産的な方向に発揮させるにはどうするか。先生であれば、授業をどのように行うか、どういった教材を用いることで思春期の発達を生産的な方向に導けるか?を考えるべきだと思います。保護者であれば、なぜそう思うのか、そのようなことをしてしまったのか、背後にある子どもなりの理屈に耳を傾け、声をかけることが大切です」と加藤先生は言います。

問題行動が起きた際に「発達がうまくいっていない」から、と結論づけておしまいにせず、もう一歩踏み込んでいくことで、変化を良い方向に促すことができます。

睡眠と食事は子どもの変化に気づくヒント。そして休めるという安心感の意義

発達面から見た子どもの変化に気づくには、睡眠と食事に注目してみることも有効です。食事は食べる量が極端に増えた、減ったという点で目に見えてわかりやすい点であり、睡眠は、思春期になると体内時計が2時間ほど遅れる傾向があるため、睡眠不足になったり朝起きられなくなったりと、睡眠障害が出やすい傾向にあります。

睡眠・食事を気づきのポイントとして留意しつつ、心身に不調となって影響が出てきた場合はどうしたらよいでしょうか。

加藤先生は、「直接的な原因がわかっている場合、部活動など管轄する先生に相談するというのはもちろんのこと、ときには“休めるんだよ”と伝えることも重要なメッセージです」とのこと。

一度休むとずるずる不登校になるのではないかとか、こんなことで休ませてはいけない、などと考えるかもしれません。しかし、「子どもの立場にたてば、気軽に休めるからこそ、イヤなことがあったら“休めばいいや”と思えて、学校に行けるという面もあったりします。その一方で、絶対に休めないとなると、ギリギリまで追い込まれてしまうことにもなりかねません」とし、「これは保護者も勇気が試されるシーンでもあるのですが…」、と付け加えました。

交流を絶たないことが大切。意思の疎通が難しいとき、「文字にする」のも有効

学校などの子どもの社会生活や対人関係を通じて、子どもは人との関わり方や世界の見方をはぐくんでいます。不登校であっても、「交流を絶たない」ことがその後の人生の選択に大きく影響するといいます。

「人間は言語化すると整理されるので、それだけでも落ち着くもの。誰かとつながっていること、そして言葉で交流できることは信頼につながります。話を聞いてもらえること自体が子どもには救いになるし、会話がうまく運べばよい関係を築いていくこともできます」

もし直接的な会話が難しい場合、文字に書いて気持ちを伝えあうことも、いったん互いが客観的になることもできて有効な方法とのことです。

子どもの成長の過程で起きる変化の裏側で、どのような発達が起きているのかを理解しながら、子どもとの関わり方を考えていけるといいですね。

プロフィール


加藤 弘通

専門は発達心理学。非行やいじめ、不登校・ひきこもり、自尊感情の低下といった思春期に起きる問題を対象に、思春期の発達と問題行動の関係について研究。フリースクールや情緒障碍児学級などで心理職として実務経験を積んだ後現職。現在は教育委員会や自治体の外部委員として、いじめの問題にも取り組む。

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